第9話

九話

「何でだろうなぁ……」


 カーテンも何もかも閉めきった暗い暗い部屋で、ベットに横たわっているダイは呟いた。

 試しに魔法を使おうと、右手に力を入れてみるがなにも起こらない。その事実にむしゃくしゃして、ダイは枕に顔を埋め、「何でだよ!!」と叫んだ。部屋は静かだ。本来なら、ダイは火の魔法を使えたはずだった。だが、何故だか使えない。ダイの目は涙目になり、やがて涙が頬を伝う。


「何でだよ……?」


 掠れた声でダイは誰かに問うように言った。答えは聞こえてこない。その事にまたむしゃくしゃして今度は枕を殴る。何度も何度も……。やがて何もかもどうでもよくなり、何度も殴った枕にまた顔を埋めた。ダイの夢は外の世界……さくらの魔法陣を潜った先にある世界を見たり探検することだ。この夢を持ったのは、ダイの父が外の世界の事を喋ってくれた事が始まりだった。父は『冒険者』という職業につき、外の世界を探検しているらしい。『冒険者』は忙しいのか、一週間に一回しか家には帰ってこなかった。だが、帰ってきた時に話してくれる外の世界の事をダイはいつも楽しみにしていたので、全く持って苦ではなかった。父が言うには、空に虹色に輝くカーテンのような出てくる場所や、とてつもなく固いが、透き通っていて綺麗な石がこの世界にはあるらしい。この世には面白いものでいっぱいだと、父は楽しそうに話していた。国の都合などの理由で、持って帰ってはくれなかったが、ダイは話を聞くだけで充分だった。だって自分で冒険して見れば良いのだから。自分で冒険して、自分のこの目で見れば良いのだから。自分が冒険者になった時の事を夢見て、眠るのがダイの日課だった。


 いつの日だったか、父が冒険に旅出る時に


「父さん!僕もぼうけんしゃになれるかな?」


 と、聞いたことがあった。父は満面の笑みで、「あぁなれるさ!俺の息子だからな!」と頭を撫でてくれた。


「「いってらっしゃい!」」


 と母と二人で見送り、次の父が帰ってくる日を待った。だが、父が帰ってくる日には父の姿は無く、ナイフ一本だけを知らない男女の大人の二人が持ってきた。二人はその場で倒れ込み必死に母に謝っていた。どのように死んだかは理解できなかったが、死んだという事は理解できた。二人が帰った後、「何で死んだの?」と母に聞いたら、「見たかった物があったのよ」と答えてくれた。その日から、より一層冒険者になりたくなった。父が命を落としてまで見たかった物を見るために……。


 最期に見送った時に、父の大きな手で撫でられた時の感触を今でも覚えている。ダイは、自分の髪を掴んだ。



 …………




 ガチャガチャ、ドンドンドンドン!!静まりかえった部屋に、鍵のかかった扉を開けようとしたり、強く叩く音が響く。ダイは一瞬体をビクッとさせながらも「母さん?」と返す。


「ダイ!!いる!?私だよ!!マユ!!」


「何で来たんだよ!!」


 反射的にそんな言葉出てくる。


「ダイが心配だからだよ!!ほら、コウもサクも何か言ってやって!!」


 マユの声が終わるのと同時に、コウの声が聞こえてきた。


「ダイ……出てきてほしいな」


「はい!次はサク!」


「ダイ……また……練習しよ?練習すればきっと……」


「うるさいな!!帰ってくれよ!!」


 サクの言葉を遮るようにダイは叫んだ。サクは驚き、「ふぇっ!」と声をあげた。


「そんな事言わなくたって良いでしょ!?サクに謝って!!」


「うるさいんだよ!!いくら頑張ったって魔法は使えないし、試練は突破出来ないし……出来ないし!!」


 ダイは涙声になりながも叫ぶ。今まで貯まってきた鬱憤を晴らすように……。


「とにかく……とにかくもう帰ってくれよ!!」


「ちょっ……」


「待ってマユ、今日はもう帰ろう」


 マユは何か言おうとしたが、コウが止めた。


「わかった……。ダイまたね!!」


 ダイからの返事はなかった。マユ達はダイの部屋がある二階から一階に降りていった。一階にはダイの母親が待っていた。


「駄目だったようね……」


 悲しそうにいうダイの母親に、マユは「ごめんなさい、おばさん……」と謝った。


「いいのよ……あっ、クッキー食べていく?美味しいのが出来たのよ」


 せっせとクッキーを袋にいれようとするダイの母親に、コウは、「……ダイと一緒に食べたいので、取っておいて貰えませんか?」と言った。ダイの母親はこくりと頷いた。


「ありがとうございます、では今日はこの辺で……」


 コウ達は礼をした後に、家を出ていこうとすると、ダイの母親は呼び止める。


「どうしたのですか?」


 コウは聞いた。


「ダイのために本当にありがとう、良かったら……これからよろしくね……」


「も、もちろんです!」


 サクは叫ぶ。コウもマユもこくりと頷いた。


「本当に……何から何まで……」


 ダイの母親は涙を流す。サク達はダイ母親に近寄り、「大丈夫ですよ」と言った。


「本当に駄目な母親ね……あの人がいないと何も出来ないのね……」


「泣かないでください。ダイには私達がついてますから……」


「ありがとう……マユちゃん……貴女達は……本当は外に……」


「それは僕達が決めたことです。おばさんは関係ないですよ」


 サクはこくこくと何度も頷く。


「……どういうことだよ」


 背後から声が聞こえた。


「ち、違うの!ダイく……」


 コウがサクの口を塞ぐ。


「何が違うんだよ!!」


 ダイは手を握りしめ、サクに近づく。


「待ってダイ!!それだけは駄目!!」


 マユは叫んだ。しかし、ダイは止まらない。


「何が違うんだよ!!」


 ダイはサクに拳を振り下ろそうとする。サクは目を瞑った。



 大きな音が聞こえた。



 しかし、いつまでたっても痛みがこない。


 目を見開いたコウが、右手でダイの拳を止めた。そして、『お前をいつでも殺せるぞ』とでも言うように、大きく開いた左手をダイの頭の横に置いた。ダイは逃げるように振り返り、


「ダイ、いくらお前でもそれだけは許さない」


 ダイは逃げるように階段を上がり、部屋へと入っていった。


「サク、大丈夫?」


 コウはサクに聞くとサクの目は涙目になり、次第に大声で泣き出した。コウはサクを抱きしめ、よしよしと撫でると、サクは「バカバカバカバカああああ~!!!」と言い出した。


「何で悪化してるの!!バカ~!!私のせいだあああ!!」


「ほらよしよし、サクだけじゃないよ、僕も悪かった」


「わああああああああん!!!!」


 泣き止まないサク、ここでは迷惑だろうとマユに『ここを出よう』と合図を送るコウ。マユはダイの母親に、「ごめんなさい」と一言言った後、三人は家を後にした。


 一人残されたダイの母親は、ポケットから最愛の人が使っていた鞘に入ったナイフを手に取り……


「助けて……あなた……」


 と呟いた。


 …………


 ダイは一人また部屋に閉じ籠る。


「裏切られた」


 ダイは呟いた。


「裏切られた」


 ダイは呟いた。


「嘘だった」


 ダイは呟いた。


「嘘……だっ……たの……か……よ!!」


 ダイは枕を地面に強く叩きつけた。今さっき出来た嫌な感情を全て晴らすために。

 息を切らしたダイは、「まだ足りない」と枕を踏みつける。ダイは枕を踏みつける度に心が壊れていくように感じた。でも……もう……



 どうでもいい。



 どうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいい。



 何度も何度も踏みつけた。でも晴れない。晴れてくれない。何で……?


「何でだよ……?お前は何なんだよ!!」


 得体のしれない何かがダイの中から居なくならない。その得体のしれない何かにダイは叫んだ。


「助けてよ……父さん……」


 ダイは自分の髪を掴んだ。

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