第8話

八話

「梅くん、梅くん」


 そう梅は声を掛けられ、「はっ」と意識を取り戻した。梅に声を掛けたのはこの村の住人の、元気なおじいさん『ルーさん』だった。今梅は村の大きな倉庫の扉の前にいる。さっきまで、運んできた鎌や鍬などの道具を運び、元の場所に戻していたからだ。倉庫を出た後、異様に太陽が眩しく感じ、立ち止まってた所をルーさんに声を掛けられた。


「あっ、すみません」


「大丈夫かい?気分が悪かったらすぐに言うんじゃぞ」


 ルーさんが心配そうに言うので、梅は笑顔で「ご心配ありがとうございます、でも大丈夫です」と答えた。


「それは良かった。あっ、梅くんちょっと待ってなさい」


 と、何処かへ走って行った後、皮の水筒を持って戻ってきた。


「ほい、これおいしいから飲んでみるといい」


 ルーさんは梅に水筒を渡し、梅はそれを受け取った。「ありがとうございます」と言い、梅はそれを飲む。すると、口のなかにはいつものようなすっきりした甘さと共に、シュワシュワとした何処で飲んだことのあるような感触があった。


「どうじゃ?おいしいじゃろ?収穫したばかりだから味は格別じゃ!」


 と、にやにやしながら言うルーさんに、梅は「これって炭酸ですか?」と聞く。


「タンサン……なんじゃ、八重ちゃんと同じことを言うんじゃな。これは『サワサワ』と言うんじゃよ」


「『サワサワ』……」


「そう『サワサワ』じゃ」


 現実世界で言う所の『サイダー』のような味、この世界では『サワサワ』と言うらしい。梅は、喋っている言葉は同じなのに、所々違うのが面白く感じた。ちなみに果物は『ミカン』が『シューマ』、『イチゴ』が『アマ』、『レモン』が『シュー』と言うらしい。


「作り方は簡単じゃ、水にこの『魔法草』を入れるだけじゃよ。中を覗いてみるといい」


 と、ルーさんはポケットから取り出した、村で栽培している『魔法草』と呼ばれる、食べると魔力を補給できる草で、水筒を指しながら言った。梅は水筒を覗いてみると、たしかにその草がプカプカと浮かんでいる事を確認した。


「でもこれって大丈夫なんですか?魔法草って全部商品にするはずじゃ……」


 魔法草はここよりずっと遠い所にある国では、老若男女問わず人気らしい。基本魔法草は、リーヨさんの店や、魔法草を束にまとめ、そこそこ大きな籠にいっぱいに積めたのを担ぎ、国を歩く、行商で販売をしてらしく、一時間もすればすぐに完売するらしい。


「あぁ、その事は大丈夫じゃよ。全部って言っても、村の分を別に分けた全部じゃからな!」


 ルーさんは「ガハハハ!」大きく高笑いをしながら、梅の肩をポンポンと叩いた。


「それより、どこまでいったんじゃ?」


 ルーさんはこそこそと話しだす。梅は質問の趣旨が分からず、「何がですか?」と聞き返した。


「何がって、八重ちゃんとじゃよ。どこまで行ったんじゃ?言ってみ言ってみ」


「えっ!?あぁ……えっとぉ……」


 質問を理解した梅は動揺し、少し顔を赤くする。


「おっ、その反応は何かしたんじゃな?したんじゃな?」


 グイグイくるルーさんに、梅はどうすればいいのか分からず、目を泳がせていると、ルーさんの肩がポンポンと叩かれる。


「なんじゃ……いいのところなの……に……!?」


 そこには不自然な程の笑顔な八重がいた。そして不自然な程の優しい声で、「ルーさん?」と言う。ルーさんはこの恐怖を体験した事がある。それは、ルーさんの妻である、『シチューさん』に怒られている時と同じような感覚に陥った。この恐怖にはルーさんは対抗できない、ルーさんはポンと梅の肩を叩き、「用事を思い出したのじゃ!またお話しよう!梅くん!」と逃げるように去っていった。


「あっ、ちょっと!」と八重はルーさんを止めようとするが、ルーさんはお構い無しに逃げていく。八重は「後でシチューさんに言っておこ」と呟いた後、梅の方を向いた。


「大丈夫だった?」


 八重は優しく梅に声をかけた。さっきの声と比較すると、さっきの声は最初に浮かんでくる感情は恐怖だったが、今回は安心だった。だが、さっきの恐怖が拭いきれていない。梅は片言で、「ダ、ダイジョウブダヨー」と言った。


「な、何で片言なの……?本当に大丈夫?」


 梅は心配そうにこちらを見ている八重を見て、手に持っている水筒を口につけ水をがぶ飲みした。急に水を飲みだした梅に驚く八重、梅は半分ほど飲んだ後、「ぷはー」と声をあげ、「大丈夫!」とキリッとした顔で元気よく言った。そんな梅に八重は吹き出し笑いだす、梅もまた八重につられて笑った。数十秒程笑いあった後、八重は、「あ、そうそう」と何かを思い出したかのように言った。


「どうしたの?」


「これから魔法の練習をするよね?私もついて行っていいかな?」


「うん、いいよ」


「やった!あ、ちょっと待ってて、いいもの持ってくるから!」


 梅は頷くと、八重はるんるんと弾むように倉庫へと入っていった。そしてガサゴソと倉庫を漁り、やがて、木で作られた何かの頭や手等が入った大きな箱を抱えて持ってきた。


「僕が持つよ」


「ありがとう。これ結構重いから気をつけてね?」


「大丈夫!ここにきて結構筋肉ついたし!」


 梅は八重が持っている大きな箱の中に水筒を入れ、大きな箱を持つ。見た目はそこまで重そうではないのだが、思った以上にも重く、「ふぬぬ!!!」と踏ん張りながらも、持つことに成功した。


「ふぬぬぬぬ!ふぬぬぬ!!ふーぬん!!」


 変な声を出しながら踏ん張り、何とか歩く。


「大丈夫?やっぱり私が持とうか?」


「大丈夫!!さあ行こうか!!」


 ちょっとずつ進んでいく梅に、八重は箱の半分を持ち、「こうすれば運びやすいね!」と笑顔で言った。


「ありがとう」


 八重は頷き、二人は大きな箱を広場まで運んでいった。広場に着き、大きな箱をゆっくり地面に置くと、梅はその場に倒れ込んだ。それとは裏腹に、息切れすらもしていない八重を見て、「八重はすごいな」と少し笑った。


「これが身体強化の魔法のお陰だよ。ほら、水どうぞ」


 八重は大きな箱から水筒を取り出し、梅に渡す。梅は「ありがとう」と体を起こした後に、水筒を受け取り、水を飲んだ。炭酸……サワサワが口の中に広がり、乾いた喉を通るこの感じは癖になりそうだ。そんなことを梅は思っていると、八重は持ってきた箱の中の部品を取り出し、何かを組立て出した。木と木の断面を合わせると、ボンドを使ったようにくっついた。それを何回か繰り返し、腕をつけ、頭をつけた。そして完成したのが……体に的が書いてあるカカシである。それも結構大きな……。


「これでよしっと……」


 八重は額から出ていた汗を手で拭い、そのカカシを軽々と持ち上げ、少し遠い場所に立てた。

 そして、走って梅の所まで戻ってこういった。


「出来たよ!!」




「うん、お疲れ様!」


「もう大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


 梅はその場で立ち上がり、八重はカカシを指差した。


「ここからあの『頑丈くん』に狙って撃てれば魔法の練習になるかなって、『頑丈くん』を直して貰ってたんだ!」


 自信満々に言う八重に微笑み、手を指鉄砲の形にし、『頑丈くん』に向かって構える。そして、人差し指の先から細く鋭い火を出した。狙うは的の中心、息を止め、的を狙い定める。そして、梅の人指し指から、細く鋭い火が放たれた。その火は的の中心に刺さり、梅は軽くガッツポーズをした。


「おー!」


 八重は拍手をしながら声をあげた。梅は「ふぅ……」と一息つき、水筒を手に取り、水を飲んだ。


「……やっぱり疲れる?」


「うん、ちょっとね……頭がぼーっとしてきた」


 この世界の住民達は、皆、体に『魔力』と呼ばれるものが存在している。この魔力は、個人差があり、このことをこの世界では『魔力の器』と言っている。魔法を使う事によってこの『魔力の器』から『魔力』が消費されるのだが、これが体から無くなると、強制的に意識が無くなり、その場に倒れてしまう。魔力を回復したい場合は、魔法草のような魔力を持っている食べ物、眠ったりするも回復できる。ちなみに、魔力を大量に接種しすぎると、気分が悪くなるので注意が必要だ。


「なんで『二つ持ち』なのに『魔力の器』がちいさいんだろうね……」


「分からない……でも、色んな使い方が出来るから、自分なりの使い方を見つけていくよ。」


 通常梅や八重のような『二つ持ち』と呼ばれる魔法が二つ使える人達は、普通の人達より『魔力の器』が大きい。しかし、梅の『魔力の器』は小さく、一般的に使われている魔法の使い方を真似すると、すぐに倒れてしまう。そこで考えたのが、現実世界の拳銃を意識した撃ち方だ。この撃ち方をすると、ある程度は撃てるようになる。


「あとは気合いと根性!頑張っていくよ!」


 心配そうな八重に笑顔で答える梅、ちなみに一番最初に治癒魔法を使った時に、意識を失ったのもこれが原因だ。


「うん、でも無理しないでね。約束だよ?」


「うん!約束!」


 二人は指切りげんまんをした後、梅は魔法の練習を再開した。

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