第2話
二話
梅のくるぶしぐらいまで生えている草が、優しく吹く風でなびいている草原の上で、梅は疲れ、眠っていた。梅が眠ってからは、まだそれ程時間が経ってなく、太陽の位置はそれ程変わっていない。そんな梅を、一つの大きな影が全身を覆う。その影を作り出しているのは、巨大な四足歩行の動物で、その動物の上には一人の少女が乗っていった。少女は巨大な動物に、「やっちゃいなさい。」というと巨大な動物は梅へと顔を近づける、そして……。
巨大な体にふさわしい大きな舌で、梅の顔をこれでもかと舐めた。
ざらざらした感触が梅の顔全体に広がり、何だか懐かしい気持ちになりながらも梅は目を覚ます。すると、梅の目の前には桜色の毛のした巨大な犬の顔があり、梅は「食われる。」と思った。舐めたのはきっと味見だろう。
何とかこの状況を打破するために、頭をフル回転さた。たどり着いた答えは『死んだふり』だった。梅は「ぐふっ。」と言い、その場から動かなくなった。ちなみに梅は巨大な犬に乗っている少女に気づいていない。
「いやいや、『ぐふっ。』何て言ったら生きてるってバレるでしょ。というかそれって意味あるの?」
少女は巨大な犬から飛び降り、そう言った。その声を聞き、梅は『死んだふり』を止め、飛び起きる。すると、目の前にいた巨大な犬と額をぶつけ合い、額に痛みが走る。
「いったぁぁぁ……。」
梅がぶつかった額を押さえていると、巨大な犬もまた、前足で額を押さえ、「痛い……痛いです……。」と言っていた。少女はそれを見て吹き出し、笑った。
「あはは!なにやってるのよ、二人……一人と一匹は!」
知ってる声だ。知っている笑い声だ。梅は思わず、『八重?』と聞いてしまう。
「そうだよ、八重だよ。おはよう、梅。」
その声を聞いた時、梅の心は何故か救われた気がした。自分の周りにあった暗闇が晴れたような、長い長い夜が明け、やっとの事で朝が来たような。そんな感じがした。梅の目から涙がこぼれそうになるが、必死にそれを止めようとする。それは八重も同じだった。
八重は歯を食いしばりながら、溢れそうになる涙を必死に止めようとするが耐えきれず、梅に抱き、涙を流してしまう。八重は「こっち見ないでね。」と言い、耐えきれなくなったのだろうか、声をあげながら泣く。梅もまた耐えきれず泣いてしまう。
二度と出来ないと思っていた『大切な人』との再開をもう一度出来た。これが二人にとって、どれだけ喜ばしい出来事か言うまでもないだろう。
二人は目を真っ赤にしながら散々泣きあった後、しばらく抱きついたままだった。お互いがお互いの体温を確認し、実際に存在している、夢や幻ではないという事を再確認し合う。すると、
「あのぉ……二人とも……申し訳ないのですが……私も混ぜていただけませんか……?」
と、巨大な犬が申し訳なさそうに喋る。確かに犬がそう言ったのだ。梅は『犬が喋る』この現象を理解できず、少し時間が止まったようになってしまう。その可笑しな現象を目の当たりにして我に帰ったのか、『八重と抱き合っている』という嬉しいのだが、何だか恥ずかしい状態になっている事に気づき、離れてしまう。
梅と離れ残念そうにしている八重だったが、「ごめんね『さくら』、本当に久しぶりだったから……。」と言いながらさくらの頭を撫でる。さくらは目を細め、嬉しそうに口を開けた。
「ちょっと待って、今さくらって言わなかった?」
聞き覚えのある言葉に梅は反応する。八重は確かに、この巨大な犬の事を梅の飼い犬の名前、『さくら』と呼んでいたのだ。もしかしたら同名の犬なのかもしれないが、梅達と共に過ごして来た、あの『さくら』であって欲しいと梅は思った。
「あっ、ごめんごめん、まだ説明してなかったね。」
八重がニヤリと笑った後、「実は……。」とニヤニヤしながら梅を見つめる。梅は唾を飲み込み、八重の言葉を待つ。
「この子私達と一緒に暮らしていた、あの柴犬の『さくら』です!」
八重がそう言うと、さくらが照れるように伏せ、前足で顔を隠しながら、「いやー、あの、ほ、本当何ですよ、ご主人。」とさくらが緊張しているのか、つっかえながら梅へと喋る。
「あっ、へぇー、そ、そうなんだ……ご主人……何かこう、恥ずかしいね……。」
ご主人と呼ばれ、ちょっと恥ずかしがりながら頬ぽりぽりと書く梅、そしてさくらに「な、何で喋れるようニ……?トイウカ、何でそうナタノ?」と、何故か緊張し、片言のように聞く。
こうやってさくらと喋るのは始めてだ、何を喋ったらいいのか梅は分からなかったので、取り敢えず疑問をぶつけた。
「喋ると長くなるのですが……取り敢えず『転生』……記憶を保持したまま、新たな生命として生まれ変わった、と言った方が分かりやすいですかね。その時に喋れるようになったというか……。」
「な、なるほど……。何となくだけど分かった……と思う……。」
さくらの説明に、自信なさげにそう梅は答えると、八重から「ちなみに梅は『転移』ね。」と言われた。
「『転移』?」
梅は聞き慣れない言葉にまたもや聞き返す。
「『転移』っていうのはね、容姿と魂をそのままで、別の世界に送る事なんだ。傷ついていた場合は治してくれるらしいよ。」
「『転生』、『転移』……。」
梅は聞き慣れない言葉達を口にするが、何となく分かった程度で全ては理解できていない。
「浦島太郎になった気分だよ……。」
梅がため息をつくと、八重とさくらは微笑み合い、八重が梅に、「ちょっとずつ理解していけばいいよ。実は私達も詳しくは分かってないんだ。」と言った。その言葉に梅は少し微笑み、「……そうなんだね。」と答えた。
(本当に良かった……。もう一度会えて……。)
胸に手を当て、梅はそう思った。すると、さくらが「あの、ご主人、久しぶりに頭を撫でてくれませんか?」と恥ずかしそうに言ったので、梅は「いいよ。」とだけ答え。さくらの頭を撫でた。さくらはその瞬間を幸せに感じていた。
「あの、ご主人……。」
「どうしたの?」
「……ご主人は怒ってないのですか?」
恐る恐るさくらは梅に聞いた。すると梅は「何で?」というので、さくらは一つ呼吸置いた後に、「何でも無いです。」と答えた。
梅は不思議そうな顔をしながらさくらの頭を撫で続けた。
さくらは自分の思いを打ち明けれずに、頭を撫でられ続けた。
「そうだ!」と八重が突然声を出す。
「どうしたの?」
「さくらの上に乗ってこの広い草原を駆け巡ろうよ!」
意気揚々と答える八重、さくらも「いいですね。」と微笑んでいる。梅もそれに賛成し、さくらはその場に伏せて、二人はさくらに乗った。梅はさくらの毛を持ち、八重は梅に背中に引っ付き、梅の腹に手を回す。
「ちょ、八重!?」
梅は驚き、声をあげてしまう。八重は「久しぶりだしいいじゃん。」とニシシと笑った。梅は恥ずかしく思いながらもそれを了承する。そして、さくらは二人が乗ったのを確認した後に、立ち上がる。
「行きますよ二人とも、ちゃんと態勢を低くして、捕まっててくださいね!」
二人は返事をするとさくらは走り出す。最初は遅く、徐々に速くなっていくさくら。がっしりとさくらの毛を掴み喋る余裕なんてない梅とは裏腹に、速くなっていくに連れて「きゃー!」と楽しそうに叫ぶ八重。何処までも続いていそうな草原を二人と一匹は駆け回って行った。
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