見たくなかった花

新木稟陽

儚い恋と固い絆


「うおっ……」

「……?」

「あ、すんません」


 思わず声が出た。相手は赤の他人、顔も初めて見たし名前も知らない。ただの通りすがり。

 彼女は、満開の薔薇に包まれていた。

 すました顔をしていたけれど、きっと何かいいことがあるのだろう。あれは、『あった』というより『これからある』みたいな。……なんというか、そんなニュアンスだ。今となっては、感覚的にこれくらいわかる。


「おっはーよー」

「お。おはー」


 バスケ部の滝戸君に声をかけて。


「これ、落ちてたよ」

「……ああ、どうも」


 口数の少ない相馬さんが落としていた消しゴムを拾い。


「おはよー。それ、何してんの?」

「ん? 今日提出の古文のやつ。やってなくてさ。コマ君はやったの?」

「うわ、やってないや」


 隣の席の柿谷さんにも声をかける。


「やっぱり。まだ時間あるしやりなよ」

「やるやる。助かります。答えも見せてくれたら尚助かるんだけど」

「でたでた〜。ミルクティー一本でいいよ?」

「あざーす!」


 うん。これで問題ない。

 僕には、花が見える。

 人の周りに咲く花が。

 咲く種類は、それこそ千差万別。人によっても違うし、その人の気分によっても変わる。

 例えば、最初に挨拶した滝戸君。彼は基本、常に満開の黄色いマリーゴールド。インフルエンザの時は少々萎れていた。もう少し萎れてもいいだろと思った。

 次に相馬さん。彼女は読書中、カスミソウが咲き誇っている。が、挨拶でもしようものならそれらがすぐに枯れてしまう。彼女が人と話すときはいつもそう。人との会話が本当に嫌いらしい。

 そして隣の席の柿谷さん。彼女は僕が視界に入るとリナリアが咲く。ちょっと頼ったり、何か約束をすると尚更に。

 めっちゃわかりやすい。


「おーい、聞いてる?」

「はいはい聞いてます聞いてます。」

「じゃ、行ってくるから」


 彼女がトイレに立った間に、古文の宿題を写す。別に、相手の恋心を逆手に取って都合よく使ってるわけではない。僕が課題を見せることもある。割合としては半々くらいだ。


「おわったー?」

「うん、ありがとう。問三と八間違ってたから、そこだけ自分で解いたけど。」

「え! うそ!」


 幼い頃は、花の話をして不思議がられた。僕にとっては当たり前だったから苦労したものだ。でも今となってはありがたい。これのおかげで、相手の求める最適解を常に導き出せる。

 滝戸君は案外ブラックジョークも楽しめる人だし、相馬さんは孤独を愛しているから邪魔すれば嫌われる。柿谷さんは頼られると喜ぶ。

 愛原君は「うんこ」とか「ちんこ」とか、小学生レベルの話で心から爆笑するし、湯島さんは実はアニメ好きだからグッズをチラつかせて同士を匂わせたら喜んでいた。松本君は八方美人だけど人の不幸が大好きだし、三宅さんは滝戸君が好きだからアシストをすることで僕への好感度も上がっている。

 市川君も鈴木さんも遠田君も宮前さんも、全員の趣味思考や考え方がなんとなくわかる。人間関係で困ることなんて無い。

 無かった。



「児玉真理です。よろしくお願いします」


 中途半端な時期の、突然の転校生。両親の仕事の都合で越してきたらしい。無表情で、感情の起伏が穏やかであろう女の子。

 彼女の周りには、全く花が咲いていなかった。腕にも。胸にも。背中にも。頭にも。何処にも、花が無い。

 こんなこと、初めてだった。

 彼女は僕の後ろの席に決まった。元々空いている座席がなかったから、一番後ろの更に後列にポツンと一席だけ用意された特等席だ。


「僕、駒田洋輔。よろしくね!」

「よろしく。」

「皆はコマって呼んでるよ。……そういえば児玉さんも一緒だよね」

「?」

「ほら、なんか名字にてるし。それに『コ』だま『マ』りさん、でしょ?」

「ああ、そうですね」

「ごめん、今のは超つまんなかったね」


 …………。

 ヤバイ。全く読めない。こんなこと、人生で初めてだ。花が見えないのって、こんなにも不便だったのか。


「駒田ぁ。転校生と仲良くしてくれるのはいいけど授業始まるぞー」

「おっつ、はーいすんませーん」


 教師の声に助けられた。相手に花が咲かない以上、ここからどう会話を広げたら相手が喜ぶのかわからない。こんなにも花のない会話があるなんて。


「コマ君、どうしたの?」

「え、あぁ、いや、なんでもない……」


 そんな動揺が顔に出ていたのか、柿谷さんに顔を覗き込まれる。全く、この人は花も見えてない筈なのに僕のことをよく見ている。てか見すぎ。黒板を見なさい。




 昼休み。各々が趣味の合う友人だったり、部活仲間だったりと集まって弁当を広げる時間。あ、相馬さんは一人です。だいぶ前に「一緒に昼食べない?」なんて声かけたけど、本当に嫌そうだったからそれ以降やめました。

 そんな中、帰宅部の僕は普段定住地が無い。どこかにお呼ばれされたり飛び込んだり。そして、今日は。


「児玉さん、昼飯一緒に食べない?」

「いいけど、私学食だよ」

「じゃあ僕は学食で弁当食べるよ」


 児玉さんは案の定フリーだった。別に、クラスメイトから嫌われたとか早速イジメの標的になったとかではない。少なくとも、僕が好意的に接しているうちにイジメの標的になることは無い。

 ただ、返答がどうも淡泊すぎて皆距離を置いてしまっているようだった。案外、相馬さんと相性いいんじゃないかな。なんて思ってたら、休み時間には相馬さんにも話しかけている。案外社交的なのかな。



「おうコマちゃん! 彼女!?」


 学食で席についてからも、何人か同級生が話しかけてくる。背中を思いきり叩いてきたのはラグビー部の鹿島君。ふつ〜〜に痛い。ビリビリするよ。


「いったい! 違う違う、今日からの転校生だよ。」

「転校生とも仲良しこよしか。やっぱすげぇなコマちゃん。どやったらそんなモテんだよ」

「鹿島君なんて体育の着替えでこれみよがしに上裸なっとけばモテモテだよ」

「はっは〜、そううまく行くかねぇ〜」


 何人かと話したあと、一段落すると今度は児玉さんが口を開く。


「駒井クンはさぁ」

「駒田です。お互いアナグラムなんだから覚えてよ」

「駒田クンはさぁ」


 彼女は机に肘をつき、初めて笑顔を見せる。


「私の機嫌はとってくれないの?」


 しかし、それは笑顔と言うにはあまりにも挑発的で、可愛げがない。


「……え? どゆこと?」


 咄嗟に、質問を質問で返してしまう。


「なんかさぁ、なんて言うかなぁ……。気持ち悪い、というか気味が悪いんだよね。」

「いや……なに、それ。」

「友達がさ、喜ぶことばっかり言ってるでしょ。」


 何て返せばいいのかわからなくて、唇が震える。


「べ……別に、いいじゃん。悪い?」

「いやぁ? 悪くないよ。友達が多くて結構。人脈が広くて結構。なのにどうして私の機嫌はとってくれないのかなぁ、って嫉妬しちゃった」


 児玉さんは「うふふ」なんて笑いながら、思ってもない事を言う。いや、思ってもないのか? それすらわからない。

 相変わらず花は咲かない。


「……なんて、冗談冗談。そんな怒らないでよ。人付き合い上手だなぁって思ってからかっただけだよ」

「……悪趣味だね」


 僕は、こいつが嫌いだ。

 ……違う。苦手だ。初めて人に対して、苦手意識を覚えた。




 苦手な、筈なのに。


「駒田クン、お昼食べようよ」

「うえ〜……」


 どういうわけか、あれから一週間、僕は彼女と昼食を共にしている。誰とでも仲良くする僕が露骨に嫌な顔をするのが面白いのか、クラスメイトも遠巻きに笑いながら見ている。

 しかし、心の内が見えない相手というのはどこか新鮮で、そんな彼女と話すのは楽しい、という気持ちもあった。


「駒田クン、週末暇?」

「暇だけど……何? どっかいくの?」

「うん、どっか。海辺でもツーリング行かない?」

「ツーリングって……バイクなんて免許も持ってないよ」

「後ろ乗っけるからさ」


 少々前時代的な感覚かもしれないが、どうせなら女の子の後ろに乗るより女の子を後ろに乗せたい。が、免許すら持ってないし、正直ちょっと興味もある。


「まぁ……いいよ」

「やった」

「──!」


 その瞬間だった。

 彼女の肩に、わずかに花が咲いた。

 うすぼんやりとしていて、何の花かはわからない。だが確かに、咲いていた。


「どうかした?」

「──いや、なんでもない。」




 土曜。彼女は待ち合わせの場所にきっかり時間通りやってきた。

 バイクは400ccのクルーザー……とのこと。よくわからない。

 風が気持ちよかった。途中、「ホントは免許とってから一年経たないと人乗せちゃいけないんだけどね」という言葉には少し肝を冷やした。是非とも事故らないで頂きたい。

 一時間ほど風を切って辿り着いた砂浜。暖かくなってきたこともあり、それなりに人はいた。


「見て、あのカップル」


 児玉さんが指差した先には、大学生くらいだろうか、一組のカップル。


「喧嘩しそう」


 程なくして、彼女の言葉通り喧嘩が始まったように見える。大した観察眼だ。素直に驚いた。

 でも、ちょっとムカつく。観察眼なら僕の右に出る者はいない……はず。


「でも、すぐ仲直りすると思うよ」


 カップルは、お互いバチバチの喧嘩というより彼女側が怒ってる様子。そして彼女に咲いている花はゼラニウム。怒ってはいるが、愛がこもっている。

 程なくして喧嘩は終わり、二人は抱き合っていた。


「ほんとだ。しょーもな。」

「ははは」


 そこから暫く会話はなく、ただ波の音を聞いた。潮風が心地よい。

 ふと、児玉さんは言う。


「私さ、オーラが見えるんだよね」

「?」


 彼女はこっちを見て、「あほくさいでしょ」と笑う。


「もうちょっと科学的に言えば、共感覚ってヤツ。」

「……へぇ」


 ドキッとした。

 僕と親しいものがある。


「だからね、人が考えてる大抵のこと……っていうか、雰囲気? がわかるの。人と話すのってあんまり好きじゃない。でも嫌われたくはない。から、それなりの距離保ってるんだ。」


 確かに。

 この一週間、児玉さんがクラスメイトと話しているところも見てきた。彼女はあまり長時間人と話していない。が、結構話しかけられているし、相手も児玉さんに対して不快感は抱いていなかった。


「キミも、おなじでしょ?」

「────」


 全くもって、そのとおりだった。人の感情に色が付いてみえることも、それを読んでいることも。


「でね、キミには色が見えなかったんだよ。て言っても、たまにいるの。自分の感情を押し殺してる……というか、とにかく空気を読む人。それでいて、苦痛を感じない人。」


 今までに無い経験だった。

 自分の内側がここまで読まれたことも、理解者がいたことも。

 だから、ちょっと悔しいけど。

 嬉しかった。


「そうだよ。まぁ、僕の場合は色じゃなくてさ。人の周りに花が咲いて見えるんだよ。馬鹿みたいだと思うだろうけど、僕は小さい頃からこうだった。」


 この話を他人にしたのはいつぶりだろうか。不思議ちゃんならぬ不思議くん扱いされることを理解してからは、ずっと黙っていたから。

 ……が。それを聞いた児玉さんは、目を丸くした。


「……え?」

「え?」


 ん? どゆこと? なんでそんな顔?


「あっ、と。私は、ね。その、空気を読むってトコが、私と一緒だな、って……」

「……ん?」


 ……。

 …………。


「あれー?」

「あ、そう。そうなんだ。なるほど、だからね。だからそんななんだ。あーっと、一緒じゃん。」


 一拍おいて、同時に失笑してしまう。


「なんだよ! そこまで見抜かれたのかと思ったのに!」

「あはは! なわけないじゃん!」


 それから、色んな話をした。幼い頃にはこの話で周囲に引かれたこと、外ヅラと内面が乖離しすぎて怖い人や、逆にそれがギャップとして可愛かった人。街で見かけた強面がかわいいらしい色や花をまとっていた、なんてのは僕たちにとってあるあるだった。


「でもさ、思うんだよね。これって本当に人の感情が見えてるってことなのかな……って。」

「……そうなんじゃないの?」

「そんな都合のいいことある? 確かにね、色に感じたイメージの通りだからうまくやれてきたけど……結局これってさ、相手の表情とか仕草とか口調とか、そういうので自分が感じたものが色になってるだけなんじゃないかな」


 あまり、考えてこなかった。

 皆には見えなくて、自分には見える。だからこれは、僕の特殊能力なんだ、なんて思ったりもしてた。実際、これで楽に人間関係を築いてきたし。


「確かに、そうかもね。……でもそうだったとしたらさ。結果相手の感情読めてるんだから、観察眼が鋭いって話になるじゃん。それはそれで、いいじゃん。」

「……んん」


 児玉さんは小さく唸ったあと。


「だねー! 私ら、優秀〜!」

「いえ〜い」


 グータッチ。

 これでいい。深く考えても仕方ないでしょう。


「そういえば、キミからだと私はどう見えるの?」

「いや、気味悪かったよ。なんっっにも見えないんだもん。化け物かと。」

「ひどすぎ! 何その言い方!」

「気味悪い、って先に言ったのそっちだかんね」

「……確かに。あれは……同族嫌悪だったのかな」




 週明け。僕らの様子に、クラスメイトは騒然としていた。


「おっはー」

「イエ〜」


 教室で会うやいなや、児玉さんとグータッチ。


「お、おいコマ……それ、一体……!?」


 滝戸君のマリーゴールドは、突風に煽られているみたいにざわついている。滝戸君の心境がこんなに揺れてるの、初めて見た。そこまでかい。普段、もうちょっと驚くこととかないのかな。あるでしょ。


「まぁ、一体……!? って、言われてもね。」

「ねー。」


 僕らはどちらからともなく肩を組む。


「なんて言うかな……僕たち、マイメン……みたいな?」

「ファミリー……ってこと」

「ん、んん? ……はぁ、そう……?」


 「一緒にワイスピでも見たのかな」とかなんとか言いながら、滝戸君は諦めたように離れていく。ちがうよ。

 それを見送って、僕たちも席につく。すると、今度は隣から訝しげな視線を感じた。

 いつも通りのリナリアに混じってざわめくエリカ。この人は相変わらずわかりやすい。


「いや、付き合ってるとかじゃないよ」

「べ、つに聞いてないけど……」


 エリカは萎れ、花弁がポロポロと落ちる。本当に、わかりやすくて助かる。


「なんで、そんな……?」

「まぁー……日曜に出掛けてさ。わだかまりがとけた、的な」

「へぇ、ふーん……」


 またエリカが咲く。この人ほんと……!

 柿谷さんの鋭い視線を受け、児玉さんも苦笑いで肩をすくめた。




「柿谷ちゃん、かわいいよね」

「うん? まぁ、顔面レベル高いよね」

「いやいや、そうじゃなくて。それもだけどさ」


 いつの間にやらお決まりになった児玉さんとの昼食。彼女は呆れたように首を振る。


「キミのことチョー大好きじゃん。ワンコみたい。気付いてるでしょ?」

「そりゃ、まぁ。」

「相手は自分のこと大好きで、キープとは言わないけどそのまま。気持ちいいでしょ?」

「ちっ……ほんとさぁ……」


 その通りです。

 この人には敵わない。今まで見透かす側だったのに、すっかり逆転された気分だ。

 でも、もしかしたら今まで僕の相手をしていた人も同じ気分だったのかも。


「……前さ、キミみたいに色が見えない人、たまにいるって言ったよね。」

「ん? ああ、言ってたね。」


 彼女は昼食を共にしたときみたいに意味深に微笑み。


「柿谷ちゃんと話してるときはね、すこ〜しだけ色ついてるよ」

「え……?」


 どういうことだろうか。さっぱりわからない。


「キミの立場だとさ、花が満開に見えるのってどんなとき?」

「色んな種類あるけど……感情が昂ぶってる時だろうね。」

「だよね。それはこっちも一緒。……だったらさ。普段全く色がつかない人に色がつくときって、すご〜い感情の昂りだと思わない?」

「……!」


 あ、あいや、いやいやいや。いやいやいやいや。


「いやいやいや。いやいや。いやいやいやいやいや! いやそんないやまさかありえないって! だって、アレだよ!? アレ。あんな、ねぇそんな……さぁほらネ!」


 児玉さんの笑顔が、より一層意地悪くなる。


「柿谷ちゃんてさ、……駒田クンと話すだけでもう満開になっちゃってるでしょ?」

「うんそうだよ。僕じゃなくて柿谷さんがね、うん。」

「だからさ、他の人みたいに機嫌とろうとしてないんじゃない?」

「────」


 反論の余地なし。

 確かに、言われてみれば。

 いつからだったかわからないけれど、柿谷さんは何をしても喜ぶ。そりゃ、多少彼女が喜ぶこともしてきたけど。今となってはそんなこと、取り敢えずやっとくか、程度だった。

 話すだけで、満開だから。

 機嫌なんてとらなくてもご機嫌だから。


「ね。告っちゃいなよ。成功は100パーでしょ?」

「クッ……なんか、癪だけど……」

「なんでよ?」

「僕が、柿谷さんになんて……柿谷さんが、ゾッコンだった筈なのに……!」


 悔しい。悔しいけど、思い返せばそうだったのかもしれない。

 柿谷さんと話した事を思い浮かべるだけで、彼女の周りに咲く花を思い出すだけで、胸が高鳴る。高揚する。

 柿谷さんに花が咲くだけで、嬉しくなる。なっていた。


「わ、かった……。認める。そうだよ。そうみたい、気付いてなかったよ。ありがとう。ありがとう? んまぁ、ありがとう。」

「はいはい、どういたしまして」


 人生で異性を好きになったのなんて、初めてだ。好きになった自覚がない、なんてこと本当にあるんだな。勿論告白なんて経験がない。

 だけど、僕は滅茶苦茶にフッ軽なのだ。


「そうと決まれば今からだ!」

「は?」

「さっさと飯食って行ってくる!」

「は? は? ちょ、本気!?」

「本気本気! 知ってるだろうけど僕は皆に人気のキャラだから、人に見られながら告白しても祝福されるの! 引かれたりしないの! だからすぐいく!」

「すごいこと言うね! ちょっと待ってよ私も行くから!」


 残りのうどんを一気にすすって学食を出る。……と行きたいとこだけど、児玉さんのお陰で気付いた好意。彼女も来ると言うなら待ちます。


「ほら来るなら早く! 早く!」

「ん、いほいえう! いほいえうはは!」


 児玉さんもカツカレーをかき込み、教室まで走る。結構ガッツリ系をいく人なんだよね。

 目的地、柿谷さんは確か隣のクラスにソフト部で集まって食事している筈。

 僕は走った勢いのまま扉を豪快に蹴破──りたいとこだったけど引き戸。思いきり開く。


「たのもー!」

「わっ!?」


 数人の悲鳴とすら言える声を浴びる。数拍遅れて、教室中の注目、からの、皆の快い挨拶。


「あれ、コマちゃんどーした?」

「めっちゃ元気じゃん」

「ははは、どうもどうも。」


 この通り、僕は他のクラスの人間からも人気なのだ。

 教室内を見回す。ソフト部の連中は、ドアからすぐ近くの位置にいた。


「……カッ……ゼェ……ハァ……は、はぇぇよ、駒田クン……」

「おう、ゴメン!」


 児玉さんにはしっかりと謝り、柿谷さんに向きなおる。「ほら、来たよ笑」だの「ちょっとちょっとぉ笑」だのと小声で友人に言われている辺り、僕に対する好意は周知の事実なのだろう。


「柿谷さん」

「は、はいっ。な、なに?」


 はっ。こんなのもう、失敗するわけがない。見てよこの目。キラッキラしてる。花も満開だし。ね。

 確定。確定演出。こんなに胴元が強いことないね。

 て、わかってるんだけど。

 何て言えばいいの?

 『好きです』? でいいのかな。『付き合ってください』? いやいや、先に好きになったのは向こうだから。それもかなーり前から。やっぱ、そこはちょっと譲れないよね。

 じゃあなに? 『付き合え』は、ないよね。ちょっとなんか、僕そんな俺様キャラじゃないし。イタタ……ってなる。

 えーと、そしたら


「付き合おう」

「ひゃ、へ、えほおえ? あ、はい」


 いけた。


「キャァァァ! ちょっとちょっと!」

「愛梨! やったね! え、羨まし!」

「えっえっ、えっ、えっ」


 柿谷さんはまだ状況が理解できてないのか、友人の祝福が頭に入ってなさそうだ。

 そして十秒ほど経ってから。ようやく頭が回りだしたのか、ぼろぼろと涙を零す。

 花は……言うまでもない。

 一方、僕は。


「おいおいおいコマちゃん!」

「お前お前おまおまおま!」

「コイツ〜こんなトコでよぉ! やるやつじゃねぇかよおい!」

「わ、うわ、ちょっとちょっと!?」


 わらわらと群がる男連中。野球部にバスケ部、ラグビー部に柔道部。屈強な体育会系が次々に寄ってきて。


「おし行くぞぉ!」

「わーっしょい! わーっしょい!」

「……アッ、アーッちょ、アーッちょっ、ちょーっ!!」


 胴上げされた。

 こええ。胴上げって、こええ。こええ!


「ちょ! 落とさないでよ! 保険とか効くの!?」

「「わーっしょい! わーっしょい!」」

「あっ、あっ、あーっ」


 でも、なんだか楽しい。気分がいい。だって、今までは人の機嫌をとって生きてきたから。

 人にここまで祝福される側に立ったことがなかったから。

 なんか。そういえばこれ全部、児玉さんのお陰だな。

 ありがとう、児玉さん──


 ふと、引き戸の辺りを見る。児玉さんに、ありがとうと──取り敢えず視線だけででも、伝えようとして。

 今度は、はっきりと見えた。


「ふふ、おめでと。」


 そう言って、今まで見せたことない顔で笑う児玉さんの傍らには。


 アサガオの花が、一輪だけ咲いていた。


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