幾星霜の空を往け

風待芒

序章「禁書・楽園と旅人」

 緑が溢れ、美しい水が湧き、大気が澄んでいた頃

 とある平凡な旅人は森の中にある扉に気が付きました

 好奇心旺盛な旅人は扉をそっと開けました

 待っていたのは金銀財宝や宝の山

 美しい花々や熟れた果実が実る地

 楽園のようなそこに旅人は驚きました

「これは素晴らしい、是非とも持って帰りたい」

 そう思った旅人は鞄いっぱいに宝物を詰めて帰ろうとしました

 けれども扉は来た時よりずっと小さくなってしまっているではありませんか

 どうやっても宝物は持ち帰れそうにありません

 途方に暮れた旅人が鞄を落とすと扉は旅人が通れそうな大きさになりました

「この場所はきっととても大事な場所なのだ」

 旅人は身一つで出ていくと楽園への地図を書き記し持ち帰りました

 楽園の話を耳にした王様は旅人を呼び寄せて地図を渡すように命令しました

 旅人は断りましたが王様に奪われてしまいました

「この私の命令を断るなんてお前は罪人の名こそふさわしい」

 かんかんだった王様はそのまま旅人を牢屋に閉じ込めてしまったのです

 地図を手にした王様は大喜びで兵に命じました

「楽園の宝物全てを持ち帰ってこい」

 兵は地図を握って楽園へ向かいました

 けれど待てど暮らせど兵達は帰ってきません

 探しに使いをやっても今度は使いが帰って来ません

 怒った王様は旅人を問い詰めました

「宝物を取りに行かせた兵達が帰ってこない!間違った地図を渡したな?」

 旅人は頭を伏せたままこう言いました

「いいえ、王様。地図は間違っておりません」

 王様は旅人に命令しました

「では、お前がもう一度行ってこい」

 旅人は王様の命令に従い、ひとりで楽園へ向かいました

 それからしばらくして兵達は戻ってきたではありませんか

 財宝の山を期待した王様ですが兵達は皆身軽な格好です

「お前たち、楽園の財宝はどうしたのだ」

 王様がそう問いただすと皆口を噤んでしまいます

 その顔を見ていた王様は一人足りないことに気が付きました

 旅人の姿がないのです

 どうしたことかと王様が兵達に尋ねました

 彼らは遠慮がちにこう答えます

「楽園にたどり着くことはできました。財宝も抱えきれないほど沢山」

 楽園にたどり着いた兵たちの前には採っても採っても身がなり続ける果樹

 酒の湧き出す泉に金や銀で作ったような坑道

 色とりどりの輝石で覆われた豪奢な建物

 この世の贅や富を集めたような場所でした

「ですが、それらには持ち主がいたのです」

 兵達はそんなことは知らずに思い思いにカバンをいっぱいにしていました

 その背後で蠢く怪物たちの姿に気づかないまま

 気がついた時には囲まれてしまっていたといいます

 なんとか退けることは出来ましたが今度は扉を塞がれてしまいました

「我々は主の怒りを買いました」

 ここで生きていくことは可能です

 水も食べ物もここにはたくさんあるのですから

 ですが、兵たちは皆家族の元に帰ることを望んでいました

 どうしたことかと頭を抱えだしたとき扉が開きました

「旅人の男がその身と引き換えに我々を返してくれたのです」

 そう兵達に告げに来た旅人はすでに人ではなくなっていました

 旅人に急かされるまま兵達は逃げるように楽園から帰ってきたと言います

「王様、あの場所は確かに楽園です」

 何不自由なく生きていける場所だったと

 天国とはこういうものかと思ったと

 兵達は口々に言います

 ですが、皆こうも言うのです

「二度と行きたいとは思えません」

 兵達の話を聞いた王様の顔はみるみる青ざめていきます

 傍に控えていた宰相たちに王様は命令しました

「楽園のことは忘れてしまおう。地図も全て捨ててしまえ」

 複製は焼き払われてしまいました

 兵達には口を噤むよう命令が下されました

 その国は大きな戦争の中で滅んでしまいました

 楽園への訪ね方も旅人がどうなったのかも今となっては分かりません


 もしかしたら、貴方の部屋の扉が楽園に続いているかもしれませんね

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