第5話
御堂家に挨拶行く当日、朝から間島先生が押しかけてきて、間島先生が珍しく着物を着てるから、なんで?
その疑問はすぐに解決された。挨拶行くんだからと高いんだろうなと僕でもわかるくらいの着物をプレゼントされた。
間島家の人間として恥ずかしくない格好をしなさいとのことだけれど、豚に真珠? っていうんだっけ、こういう場合……僕に似合わなくない? 大丈夫かと不安が顔にありありとでていたらしく先生がくつくつ笑いだして「大丈夫、僕が見立てたんだから自信もって」と励まされた。
先生って見てないようでよく見てるよな、たまに先生らしいことしてくれるし、やっぱり先生のこと皆が言うほどクズだとは思えないんだから僕は単純なのかもしれない。
袖を通した瞬間に、やっぱり高いやつだと確信するほど肌触りが良くてカチコチに固まる僕を見てまた先生が笑いだした。
笑いすぎる先生に恨みがましい視線を向けると反省してない声音で「ごめんごめん」って形だけの謝罪をされても、うれしくないっつうの! ぶすくれながらも自分で着るのができないから、渋々先生に着付けをしてもらう。
「先生器用すぎない? 人に着付けできるなんて」といえば「脱がしたら着せるのできなきゃね? マナーだよ」なんて言ってきたからこの人遊び慣れてる。
こういうところがクズだと言われるところなんだなと、考えを改めることにした。
馬子にも衣装? な僕と着慣れてる感がする間島先生、それから御堂と七海先生とも合流して、車で御堂家に訪れた。
御堂家の門扉にビビり散らかす僕と、さして気にしてない先生と御堂、車で門扉をくぐり抜けてから、しばらく車を走らせないと本宅? が見えないってどういうこと!?
庭が広すぎて車移動が必須ってそんなことある!?
やばい、緊張しすぎて吐きそう、無理無理、帰りたい。
そんな弱気な僕を安心させるように御堂が僕の肩を抱いて、大丈夫だと言ってくれる。
それに少しだけ安心して息を吐き出した。
大丈夫、大丈夫と心の中で唱えて、自分に言い聞かせる。
正直、どんな反応されるのかわからなくて怖い。
この年齢で親への挨拶することになるなんて、予想してないよ。心の準備がもっとほしかった。
御堂家本宅について、客間に通されると、そこには御堂家の方々が既に集まっていて、僕を見るなり、じろじろと上から下まで品定めするような、不躾な視線に晒される。
胃がギリっと痛くなる感覚に、表情が引き攣りながらもなんとか、声を振り絞って挨拶をした。
「はじめまして、この度はお時間をいただきありがとうございます」
僕の挨拶が聞こえてるはずなのに、御堂家の方々は僕を見てくるだけでなにも言わない。
そこに奥に座っていたご老人が口を開いた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫じゃよ、ほらほら、皆の者、そんな不躾な視線を向けるでない。客人に失礼じゃろ?」
ご老人は和服姿で品があり、にっこりと僕に笑ってくれた、ただ、僕は見逃さなかった。ご老人の目が笑ってないことを。
口では歓迎してるようだけど、たぶん、いや、絶対歓迎はしてないはずだ。
僕のことを快く思ってない。もしかしたら、御堂のことを家のための道具として使うつもりだったのかな。
政略結婚とか……。
ずしりと心が重くなる。政略結婚、愛がない結婚、それと僕との結婚は別に大差ない。
僕達は愛し合って結婚するわけじゃないんだし、政略結婚なんて酷いと憤れる立場にないと気づいて視線を伏せた。
暗い僕の表情を見て、舌打ちをした御堂が口を開いた。
「おい、アンタらなに勘違いしてるか、知らねぇが、俺はコイツと結婚する。アンタらが品定めする必要はねぇ、どうしても嫌だってんなら、御堂家と縁なんざ切ってやるよ」
この言葉に場が騒ぐ。僕を見て、次期当主様を誑かしたΩだとか、忌々しいΩ風情が! それから、いくらやれば別れてくれる? 子供はこちらに寄越せ、どうせお金目当てだろと罵られた。
それを聞いて怒りをあらわにした御堂が口を開くより先に、その言葉を黙らせるように静かに場を制したのは間島先生だった。
間島先生から発せられるラット、圧倒的なαのそれにその場にいた七海先生以外の全員が固唾を飲んだ。
すぅと息を吸い込む音、その次にはぁと盛大にため息を吐き出した先生が1度天井を見て、それから御堂家の面々をちらりと一瞥したあと僕の方をむいて僕の頭を撫でる。
「この子はさ、僕の養子なんだよね。ただの教師の養子がだからなんだ? って思うかもしれないけどさ、僕がただの教師だと思ってる? 本能でわかるだろ、僕がこの場で誰よりも優秀なαだってことくらい……、それともわかんないくらいボケたおじいちゃん達の集まりかな?」
挑発するようなその言葉に黙ってないのが御堂家の面々で教師風情が偉そうにとか、貴様に何ができるとか、まんまと言っちゃったわけで……。
間島先生は自分が間島グループの人間だとはまだ名乗ってない、あくまで教師として、この場に来ただけだ。
七海先生がため息をこぼして口を開いた。
「はぁ……、御堂家の方々はカンが鈍いようだ。私がなぜこの場にいるのか、理解してない。だから、朋也にはめられるんですよ」
七海先生の言葉に動揺して、この中では若いうちに入るであろう男性が口を開いた。
「それは、どういうことですか?」
その質問に答えるより先に七海先生は侮蔑の意味を込めた視線を、御堂家の方々に向けた。
「それに私もこの子は可愛がっていてね、可愛い教え子をここまで侮辱されて許せるほど私は大人じゃない……この意味わかりますか?」
その言葉を聞いて青ざめる人達を他人事のように眺めるしかできなかった。
七海先生は御堂家に到着してからも扱いが違ったから、たぶんなにかしら御堂家と関係があるようで、だから、丁重に客人としてもてなされたんだろうことはわかる。
その七海先生の言葉に場はザワついて、しかし、誰もそれ以上のことは言えないようだ。
中身はともかくとしてαの中でも最高クラスと柚月先生は2人のことを言っていたし、その2人のラットを浴びせられてる御堂家の人達はどんな心境なんだろうか。
直接浴びてるわけじゃない僕でもジリジリと肌を焼くような重苦しい空気に、先程までは僕の事を色々と言うのによく回った口は固く閉ざされて恐怖で支配されてるかのような表情で間島先生と七海先生を見ていた。
僕は今まで2人の温厚な部分しか見てなかったから知らなかったんだ。
2人が最高クラスと呼ばれるほど優秀なαだって自覚が足りてなかった。αが多いはずのこの空間を簡単に支配するなんて。
この場は危険だと僕の頭の中に警報音が鳴り響く、緊張で喉はカラカラに渇いて指1本、瞬きひとつすらできずにいるこの空気を壊したのはお義父さんだった。
間延びした声で2人に声をかける、この状況で声をかけれるのはさすがだと思う。
「おいおい、坊主共が怯えちまってんだろうが? 本当に教育者かお前ら、教え子ビビらせてどうすんだよ」
「朝陽……」
と間島先生の感情のない声が響いた。それはまるで作業のようだ。
すぐにハッとした間島先生が僕の肩を抱いてぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。
そこでやっとほっと胸をなでおろし肩の力を抜くことができた。
こんな先生は知らない。知らない人になったみたいで怖さもあった。
普段軽くてノリが良くて生徒と変わらない態度をしていても生き物としての格が違うことを実感させられた。
僕を抱きしめたまま、間島先生はさっきまでとは一変して明るい声で言葉を紡ぐ。
「それじゃ改めて自己紹介しようか、僕の名前は間島朋也、間島グループの社長だよ、驚いた?」
ん? 今先生、間島グループの社長って言った??
え? 御曹司とかそういうんじゃなくて社長なの!?!?
と思わず声に出していた。
先生がくつくつ楽しげに笑って僕の頭を撫でる。
「ふふっ、それ知らなかったの朝陽だけだよ」
「え!? 御堂も知ってたの!?」
「あー……、先生から聞いてたからな」
「……僕とんでもない人の養子になったってこと?」
「そういうことになるね、私にすれば? って言ったのに花村が押し負けるから」
「だっ、だって、知りませんでしたし!? なんで七海先生教えてくれなかったんですか!!」
「そこは……ほら、教えたらフェアじゃないなって思ってね、間島グループの社長の養子なんて絶対断るだろ?」
言葉がでてこない。だって、間島グループといえば、そういうのに疎い僕でも全然知らないわけじゃない。
世界トップの大企業で誰もが知ってるといってもいいくらいに有名な会社だ。
間島グループのトップが僕のお父さんになったって、そんな現実受け止めきれないよ!!
「それで、間島グループを敵に回したい皆さんのことはいっそ潰してしまおうか? 僕の可愛い息子を侮辱したんだ。そうそう、御堂企業の社員は全員僕のところで雇うから路頭に迷うのはアンタらだけだから安心してよ」
上機嫌に微笑んでるのに目が笑ってなくて、その目があまりにも冷たいからゾッと寒気がした。
先生は怒らせたらダメな人だと感じた。
「朋也、私も協力するよ」
「いいね、2人で潰しちゃおうか、仁には婿養子に入ってもらえばいいし、そうだ、その方が朝陽も幸せになれるしいいよね?」
笑顔で僕にきかないでほしい。そんなこと言われても困る。
返事に困って眉尻下げて曖昧に笑うしかできない。
ちらっと御堂家の人々を見ると顔色が見るからに悪くなってるし、怯えているのがわかる。
先生達2人はきっとやると言ったらやる。
これは止めるべきだよな? と思い、手を握りしめてグッと力を込めた。
すぅはぁと呼吸をしたあと口を開く。
「えっと、パパと先生もその、そこまでしなくてもいいんじゃないかな? 僕は言われる覚悟くらいしてたし」
「……朝陽もう一度言って」
肩を掴まれて美丈夫の顔が間近に迫り咄嗟に後ずさる。
追いかけるように距離を詰められて手を握られた。
「もう一度パパって呼んで」
「……パパ?」
「うわっ、なにこれまじ可愛い、天使じゃん、僕の朝陽は天使だわ間違いない!」
テンション上がったのか頬を紅潮させて喜ぶ姿に口角引き攣る。
そこまで喜ぶのはどうかと思うと心の中で突っ込むも声にはしなかった。
先生泣きそうだし、意外と泣き虫なところあるし。
間島先生も七海先生も自分たちにとって邪魔な存在なら迷いなく排除するタイプらしく、αはどんなに優しくてもαなんだなと思うことにした。
七海先生にも頭を撫でられて和気あいあいとした雰囲気になったからか、御堂家の方々の緊張も解けたようで力抜けたような様子がみてとれた。
この場の空気が変わったからだろう、さっきまでの焼き尽くすようなプレッシャーはなくなっていた。
結局その後の話し合いは間島先生の独壇場とも言えた、誰も否をとなえるものなんていなかった。
御堂家の人達は自分たちのためにも僕と御堂の結婚と番を了承するしかなかったようだ。
この日の出来事で理解したことは、間島先生、七海先生は絶対に怒らせたらいけないってことだった。
どんなに優しくても、αはαなんだということ。
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