第3話
間島先生が話していたΩが捨てられた時の悲惨さを思い返してみても、イマイチ僕はピンとこなかった。
そもそも、僕と御堂はまだ番ですらないわけだし、悲惨な未来を辿ることになるって言われてもなー……。
「君は理解できた? 悲惨な未来ってやつ、僕は全然だよ。僕と御堂は番でもないわけだし、今のうちに捨てられたからって悲惨な未来はないと思ってるんだけどなー、だいたい捨てるってなんだ? 僕達は付き合ってすらいなかったんだから、捨てるもなにもないだろうに」
お腹を撫でながらぼやく。
御堂との結婚や番になることが嫌だなんてことはありえないし、嬉しい気持ちでいっぱいだけど、僕とそうなることで御堂の幸せはどうなるんだろうか? そんなことをどうしても考えてしまう。
御堂は心配いらないだとか言ってくれたけど……。
自分の中で感情と思考がバラバラで追いついていかない。
捨てられると発狂して廃人になるか、自殺するか、だいたいこの二択なんだって先生は言うけど、それはあくまでも番になったらの話なわけだし、と、どこか他人事のような話だと感じてしまうのは僕が番になることの重大さを理解していないのかもしれない。
Ωにとって番選びは慎重にとか、学校の授業でも習った気はするけど。
まぁ、そのために近年減少傾向になるΩをさらに減らさないためにとΩを守るためにも一方的な番の解消は認めないことになっている。
そこらへんは昔よりΩを大事にする傾向があるから今のΩは幸せと言えば幸せのかも?
多分だけど、結局のところ、Ωが現在大事に扱われてるのって優秀なαを産む存在だからなわけだし、それってなんか……。
んー……、言語化できないモヤモヤ感に息を吐き出す。
はぁ……、妊娠したからなのか、僕は普段考えもしなかったことに思考が囚われる。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが半々でグチャグチャに溶けて混ざり合って、自分でも自分の感情がよく分からない。
友達だと思ってた僕を妊娠させたからって責任とるって言い出すのは御堂らしいといえば御堂らしいけど、今の時代番がいないフリーΩなんて珍しくないんだし、気にしなくていいのにと思う気持ちと甘えて番になればいいんだよってずるい僕、両方いるから困る。
結局僕達にとって、どうするのが1番なんだろうか? そんな考えがずっとグルグル渦巻いて、思考の波にとらわれて────気づいたら眠ってしまったようだ。
起きたのは深夜で、寝たからか、少しはスッキリしてた。
僕の気持ち置いてけぼりで、どんどん話は進んでいくから、感情が追いつかなくて、昨日はグダグダ悩んだけど、御堂の意思は固かったし、流されるのが1番なんだろうと考えることにした。
ゴロリと体勢を変えても寝付けないから、ベッドから起き上がって、1人用冷蔵庫から水を取り出して飲む。
こんな深夜に誰だろう? と首を傾げて、はいはい、今開けますよと声をかけながら扉を開けると御堂が立っていた。
御堂は僕を見て「今いいか?」と、どこか、いつもと様子が違う御堂に「うん、どうぞ」と声をかけた。
そして、僕は先に部屋に入ってベッドに腰掛けるよう促すと首を振る御堂からは緊張が伺えた。
どうしたんだろう? 本当にいつもと違う雰囲気に、僕も少しだけ緊張してきて、ゴクリと喉を鳴らす。
神妙な面持ちで僕を見た御堂が「俺と番になるの嫌か?」と突然の質問に僕は、なんて答えればいいのか分からなくて、戸惑ってると、僕の反応をじーっと見た御堂が1人で勝手になにを納得したのか「邪魔したな、悪い、答えにくいこと聞いて」と部屋を出ていってしまった。
引き止めてもなんて言えばわからない僕は引き止めることもできずに。
御堂がなにを言いたかったのか、なにもわからないモヤモヤを抱えたせいで、そのあとは眠れないまま朝になっていた。
今日は今後のための作戦会議がある。
結局眠れなかった僕は洗面所の鏡の前で、ため息を吐き出していた。
目の下にクマができててひどい、明らかに寝てませんって顔してる、散々だと項垂れる。
「これ、先生になんか言われそうだな……」
クマに触れて、また1つため息がでた。
情けない顔をしてる自分に全然ダメだと、さらに落ち込む。
気を取り直して顔を洗い歯を磨いてから、朝はパンの気分だから、トーストした食パン、ベーコンエッグ、それからコーンスープをつけて、しっかり食べる。
これは実家にいる時からで、母さんが朝ちゃんと食べないと力が出ないとか言ってたんだよな。
今日はとくに精神的にも疲れる可能性あるし、間島先生が張り切ってたから……。
食事を終えて、あとは出かける準備だと片付けが終わって、いざ着替えようとして、どうしようと考える。
今日の作戦会議に来るのは、間島先生、七海先生、それから葵先生と柚月先生も来るらしい。
間島先生が張り切ってたから、ストッパーが必要だろうと判断してのことだ。
どうして、教え子だからって、そこまでしてくれるのか? と疑問をなげかけたときに、間島先生と御堂が昔馴染みなんだと教えてくれた。
御堂は嫌そうにしてたけど、子供の頃からの付き合いがあるから、弟のように可愛がってたから、これくらいしてあげるのは当然だと言ってた。
ただ、それに対して御堂が本音は? と聞いたら「そんなの面白いに決まってるからじゃん」と答えてて、感動した僕の気持ちを返してほしいと思ったのは内緒だ。
御堂は凄い顔で睨んでたけど、面白がるなって怒ってたな。
昨日のことを思い出して、ふふと、笑いがこぼれる。
間島先生といるときの御堂は知らない顔ばかりするから、新しい1面が知れて嬉しい。
ぼんやりと考え事しながら支度をしてたからか、扉をノックする音で我に返って、結局僕は待たせるのも悪いから適当に目に付いた白のTシャツオーバーサイズ(XL)とデニムパンツに決めて急いで着替えながら「ちょっと待って! も少しで着替え終わるから」と声をかけた。
慌てて着替えをすませて、部屋を出る前に洗面所で髪を手ぐしで軽く直してから扉を開けると御堂が壁に寄りかかって立っていた。
黒のシャツに中には白のTシャツでも着てるのか、裾がちらっと見える。下はデニムでサンダル、なんだろう? シンプルな服装なのにカッコイイと思ってしまうのは僕が御堂の事が大好きだからなのかな。
御堂とヒートを過ごしてからは、僕が気まずくなって誘いを断ってばっかだったんだよな。
久しぶりに見た私服姿にときめいてしまうのは許してほしい。
目のやり場になぜか、困ってしまって視線を右に左に彷徨わせてると御堂が不思議そうな顔して僕の顔を覗き込んでくる。
「どうした?」
「な、なんでもない」
頬が熱くなってきて、誤魔化すように笑って御堂の腕を掴んで張り切って「早く行こ、先生待たせると弄られそうだし!」と歩き出した。
早くなる鼓動にバレませんようにと願いながら。
間島先生との待ち合わせ場所は学校の一室、今日は休みだから部活で生徒がいる程度だから、学校でいいだろうってなったからだ。
誰も入らないってことを理由に校長室に呼ばれたけど、いいんだろうか?
戸惑ってると御堂に「あの人のための学校だから問題ない」と言われた。そう言えばそうだった。間島先生のために祖父が建てたとか、そんなんだったよ。金持ちのやることは、やっぱりわからない。
間島先生が元気に部屋に入ってきて、その後ろを七海先生、柚月先生、葵先生がついてきた。
その表情は間島先生のテンションの高さに、うんざりしてるようだ。
鼻歌でも歌い出しそうなくらいに上機嫌な様子な先生と対照的に僕の気持ちは沈んでいく。
正直まだ迷ってる。本当に御堂と結婚していいのか。
好きな人に幸せになってほしいと願うのは当然なことだと思うんだ。
「なになに、朝陽元気ないねぇ? クマもできてるし」
そう言うと先生が僕の目の下をすりすりと撫でてくる。
こういうところには気づいてくれるなら、御堂を一緒に説得してほしかったな。
「もしかして、まだ悩んでる感じ? 仁は優良物件間違いなし! 悩む必要なんてないない」
「そういう問題じゃないんだろう? まだ若いからね、子供を産むべきか……とも、悩んでるんじゃないのかい?」
「それは違う! 子供は産みたい! せっかく僕を選んでくれたんだから、おろすなんて考えれない」
七海先生の勘違いに僕は声を荒らげて否定した。
産むか産まないかで悩んでるなんて思われたくない、僕はこの子を絶対に守りたい、そう思ってるんだから。
お腹の前で手をぎゅっと握りしめて、俯くと七海先生が僕の顔を覗き込んできた。
「ごめんね? 少し意地悪だったかな、花村の気持ちはなんとなくわかってたから言ってみたんだ。本音が聞きたくてね」
「……七海先生」
「さっ、花村の気持ちはわかった。子供は産みたい、なら、御堂と結婚することは悩む必要はないはずだ、御堂も結婚を望んでるんだからね」
本当にそれでいいんだろうか。
たしかに御堂は、ずっと責任を取るとは言ってくれてるけど、それに甘えるのは許されるの?
でも、御堂を誰が幸せにしてくれるのか、愛し合ってるわけじゃない僕と番になって……。どうしても、その事が引っかかってしまう。
「朝陽はかたいよねー、考え方がさ、子供が先にできちゃったから、恋人じゃなかったから、そんなの関係ないでしょ? お互いが結婚を望んでるか、望んでないか、もっと単純なことのはずだ。朝陽は結婚は嫌ではない、子供も産みたい。でも、仁に責任とらせるのは違うってことで悩んでる。違うかい?」
「違わないです……」
「若いんだからさ、もっと気楽に考えなよ、とりあえず、結婚はして、番になるか、ならないかは、そのあとに決めればいいでしょ? 今の時代、結婚しても番にならない選択肢もあるよ」
「そうなんですか!?」
「そうそう、お互いに番って関係性に縛られるのが嫌でとか、αだからΩだから相手に惹かれる本能が嫌だからとか、理由は色々あるけどね。番にならないのも今の時代ならありなわけさ、昔と違って薬が進化してるから……、ただ、そこで気になるのはなぜ、朝陽がヒートを起こしたかだよねー」
真剣な表情で話してたかと思うと、顎に手を当て明るい声音で語る先生の言葉に僕もそこは気になってた。
薬を飲み忘れたわけでもないのに、なんでヒートが起きたのか。
「そ、こ、で! 僕は1つの仮説を立てた。2人はもしかしたら運命の番じゃないのか……ってね。運命の番の前では残念ながら抑制剤も無力だ」
「まさか……」
「運命の番は抗えないほどに惹かれ合う場合もあれば、ゆっくりと相手に惹かれる場合もある。そう考えると朝陽のヒートも納得ができるってわけで、2人が運命の番かは、あとで病院で検査してみよっか」
僕は混乱していた。先生の言葉が理解できなくて、ゆっくりと何度も反芻して、そして、僕と御堂が運命の番? そんな馬鹿な。
夢物語のように語られてる運命の番、出会った瞬間にお互いにこいつしかいないって感じるとか、強く惹かれ合うとか、言われてるあの?
間島先生の話しでは強く惹かれ合うだけが運命の番じゃないらしいけど……。
僕は黙って御堂の方をチラリと見れば、視線がバチっと合った。
御堂は、いつから僕のことを見ていたのか、じっとこちらを見てて思わず視線を逸らしてしまった。
「朝陽、俺との番の件は一旦保留でいい、ただし、結婚はする。いいな? これについて拒否権はねぇ」
「……わかった」
あまりにも真っ直ぐ僕を見て言ってくるから、僕は迷わず答えることができた。
番のことは保留でいいんだという安心感もある。
「さっ、それじゃ、今後について話し合っていこうか?」
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