第2話
御堂と起きてからもう一度話し合って、先生への報告はまずは病院で検査してからということになった。
Ωとα揃ってなら保護者同伴しなくても検査とか受けることは可能だ。そこは優遇されてるというべきなのか、複雑であるけれど。
検査の結果待ちをしてる間、ほんの少しだけ子供が妊娠してない方がいいと思っていた僕の期待を裏切って、検査薬での結果と同じ、僕のお腹の中には御堂との子供が授かっていた。
まだ真っ平らで実感はあまりないけど、今も僕のお腹の中で育っているんだと、そう考えると嬉しさと申し訳なさで頭の中がグチャグチャになって涙が溢れ出した。
妊娠したかもしれないって思ったあの日から、どうやら僕の涙腺は壊れたらしい。
ぽろぽろ、ぽろぽろと溢れ出る大粒の涙、御堂が目尻の涙を指先で掬いとる。
ぶっきらぼうながらも「泣くな、大丈夫だから」と励ましてるつもりのようだ。
なんの大丈夫だよ、僕と君じゃ家柄とか立場とか全然違うのに……、なんで僕を番にしようとするの?
僕じゃ御堂には相応しくない。そんなこと誰が見てもわかることなのに。
僕があまりにも泣くから落ち着くまで御堂に抱きしめられてるうちに泣き疲れて、うとうとしてると間島先生に御堂がいつの間にか連絡していたのか、明るいいつもの先生の声色で「お疲れー! 朝陽が妊娠したんだって?」とデリカシーもなく言われた。
僕達が今いる場所を考えてほしかった。待合室で他の妊婦さん達だっているのに、その場にいた人達がチラッと僕達を見て驚いてるから、そりゃあ、わかるよね。僕達は私服であろうとも学生にしか見えないはずだ。
間島先生はデリカシーをお腹の中に置いてきた男と先生の悪友だった先生達が言っていたから、本当にそうなんだろうなと、こういうときに実感する。
普段は生徒目線で色々と教えてくれるから、僕としては好きな先生なんだけど。
ちょっとだけ嫌いになりそう。御堂なんて先生を殺すのかってくらいラットを発してるのに先生は気にした様子はない。
先生がそれだけ優秀なαなんだとわかる。人の心は育たなかったんだとしても。
2人の睨み合い……というよりは、御堂が一方的に睨んでるだけなんだけど、周囲が怯えるから、そろそろ辞めてほしいと思って、仕方なく僕は口を開く。
「先生、忙しい中、来てくれたのはありがたいですけど、デリカシー身につけてください。普通待合室で言うことじゃないです」
注意してようと思ってたわけじゃないけど、つい口を開いたら本音がこぼれた。
先生に苦言を呈すると、あっさりと「ごめんね? 嬉しくなっちゃってさ、可愛い朝陽が妊娠したって聞いて」って、先生は僕の親か! いや、親なら喜ぶより先に心配しそうだけど。
呆れたように先生を見ても、先生は本当に嬉しそうに笑うから、もうなにも言えなくて僕は考えるのも注意するのもやめた。
無駄な時間でしかないと感じたから。
僕が諦めて、どこか遠い目をしていると、どうやら間島先生の後から遅れてついてきたらしい葵先生が「デリカシーがないんですか、貴方は」と小言を述べても「えー……? 僕なんか悪いことした?」と反省の色なんて全くなかった。
本当にわからないって顔をしてるから間島先生ってクズとか、人の感情を置いてきたとか言われてるけど、本当にそうなのかもしれない。
人の気持ちとか理解できないタイプの人種だきっと。まぁ、ぶっちゃけ、αの中には、そういう人もいるとは聞いてるから、そこまで驚きはないけど。
「朋也、今のはさすがに人としてどうかと思うよ」と間島先生の悪友と言われてる七海先生の言葉にも何処吹く風で鼻歌交じりに上機嫌な様子だ。
七海先生まで来てるなんて、なんで!? 驚いて隣を見ても、御堂も驚いてるから、これは間島先生が面白がって七海先生にも言ったんだなとわかって半ば諦めたように、ため息が吐く。
間島先生の楽しそうな様子が、だんだんと僕をイラつかせる。
僕が頭の中色んなことでグチャグチャで、とくにこれからの事をどうするのが最善なのか、不安でいっぱいだっていうのに先生はなんとも思わないのだろうか。
一応教え子が妊娠して、しかも相手が名家の御曹司のαとか誰が幸せになれるの? 僕と御堂は障害だらけだよ。
僕はなんて言われてもいい。ただ、お腹の子だけは幸せにしたい、まだ全然実感がなくても、僕はお腹の子供を産みたい。
だから、余計に先生のデリカシーのなさにイラついて不機嫌を隠さず睨みつけると、間島先生が僕の表情と視線に気づいて、首を傾げたのは一瞬で僕のことなんて、これっぽちも気にしてない様子で先生が妙案だとばかりに、いつもの調子で口を開いた。
「そうだ! 朝陽さ、僕の養子になる? 仁の家って一応名家だし、一般家庭の朝陽だと反対される可能性もある。手切れ金とか渡されて、はいさようならがオチだろうし、僕の養子になれば、そんな事にならないからさ、どう?」
「は?」
間島先生はぶっ飛んでるところがあるとは保健医の結月先生の言葉だ。
結月先生と七海先生は同級生で葵先生は後輩だとか、なんで同級生や後輩が同じ学校で教師してるのかと聞けば僕が通う高校は間島グループ、つまり、間島先生の実家なんだけど、間島先生の祖父が孫可愛さに学校を作ったらしい。
間島先生が教師になるって言い出したからって学校を作るって、どんだけ過保護なんだ。間島会長……と、聞いた時は驚いたけど、間島先生を見てると納得できる。
この突拍子もなさを考えれば、うん、学校くらい作りそうだ。
正直金持ちのすることは理解できないし、よくわからないけど。
さて、僕はこうして現実逃避をしてるわけだけれど、したからといってなにか変わるわけじゃない。
間島先生は自分がこうと決めたら絶対に譲らない人だということは短い付き合いでも、わかるほどに間島先生は唯我独尊って言葉がぴったりな人だからだ。
この人が上機嫌な時はろくな事が起きないとは御堂がよく言ってたけど、ここまで予想を上回ることを言われるなんて思わなかった。
上機嫌な先生に話を聞いて貰えないだろうなと予想はしながらも一応説得を試みる。
間島家の養子とか意味がわからないし、そもそも、僕の両親だってそんな簡単に、はいそうですかとは言わない……と信じたいけど、どうなんだろう?
Ωとして産んでしまったことに、ごめんなさいって母さんからは何度も謝罪されたからな。
βの家族で僕だけΩだから責任を感じるのは仕方ないけど、僕が番相手を連れてきたとかになったら喜んでくれるとは思う。
思うけど……、御堂は責任感で番になると言ってくれてるけど、僕は僕一人でも子供はちゃんと育てるつもりだし、なんなら御堂に絶対に責任を取らせることはしないと誓約書とか書いてもいい。
それなのに先生は僕の話なんて聞くつもりないらしく、結婚をスムーズにするのに、それがいいよねーって笑ってるよ、どうしよ本当に。
僕の意志とは関係なく御堂との結婚や番とか色々と決まりそうなこの状況に困惑して、葵先生のほうに助けを求めるように視線を向けても曖昧な微笑み浮かべるだけで助けてはくれなさそうだ。
間島先生がこうなったら人の言うことなんてきかないのを嫌ってほど知ってるんだろうなー、後輩なら当然か。
間島先生が声量を抑えるつもりないからか、めっちゃ注目集めてるし、いや、そもそも、αがこれだけ集まると見た目がよすぎて注目を浴びるのは当然なのかも。
視線にいたたまれない思いをしながら、どんなに1人で産むからって言っても御堂は「責任をとらせろ、妊娠させておいて責任もとらない最低な男じゃ怒られる」と言い先生は顔だけは笑顔なのに笑ってない目で僕を見ながら低い声色で言葉を紡いだ。
「朝陽もわからず屋だなー……、仁は責任を取るって言ってるし、なにが不満なの? 僕には劣るけど、仁は将来有望だよー? 捕まえておくなら今しかない! あっ、それとも、僕と番になっちゃう? それでも僕は全然OK! 朝陽のお腹の子も朝陽も僕が守ってあげればいいしね、僕もさ、結婚しろとか番を作れとか言われてるから一石二鳥でしょ?」
なんてとんでもない事を言うもんだから、御堂が先生を睨んでも先生は余裕そうでニンマリ笑顔を浮かべて僕の方を見るんだ。
好きなほうを選びなよと……。
予想外だったのはそれを黙って聞いていた七海先生が僕に近づいてきて頬をするりと撫でて、とんでもないことを言い出したことだ。
「朝陽、朋也や御堂の番は家柄が気になるかもしれないが、私なんてどうだい? 私は朝陽と同じ一般家庭出身だから渋る理由はないだろう? 経済力もあるからお腹の子と朝陽を養うのは簡単だよ、お買い得だと思うんだ」
そうだった、この人は間島先生の親友だ。間島先生に唯一の親友だと言われる人だ。
そんな人だからノリが結局のところ似てるのだろう。
結月先生は、どっちもどっちでクズだと言っていたし、いつもと変わらない穏やかな空気と笑顔なのにどこか楽しそうにしてるのを感じる。
七海先生は人をよく観察してるから僕の気持ちなんてバレバレなのかもしれない。わかってて僕に与える選択肢を増やしてるようで実は増やしてないのだ。
誰かと番になることを強制してる時点で御堂以外を選べないのをわかってて迫る。
悪い大人2人に追い詰められたことにしてしまえと、ずるい考えが浮かぶ。
「……えっと」
七海先生の視線から逃れるように逸らした先で御堂とパチリと視線が合った。
御堂が僕の事をじっとみている。絡まる視線にとく、とく、と鼓動が高鳴り息を詰める。
緊張から喉がカラカラに渇いて唇を舐めて潤す「僕は……御堂と番になります」と消え入りそうなほど小さい声で、どうにか言葉にしたその瞬間、間島先生と七海先生が笑顔で「おめでとう」と祝福してくれた。
「いやあ、ここで、僕達選ばれたらどうしようかって思ったよね、ほら、僕達愛しい番がいるからさ」
「そうだね、私も選ばれたら、奥さんに怒られてしまうところだったよ」
それを聞いて僕は驚いた。僕より付き合いが長いはずの御堂が突っ込みいれなかったのって……、ちらりと御堂の方を見れば、やっぱり、驚いてる様子はない。
知ってて、なにも言わずにいたんだ。完全に悪い大人と御堂にはめられる形で僕は御堂と番になることが強引に決まった。
そのあとは嘘のように話がトントン拍子にすすんで……とは言い難いが僕の両親にまで話をつけて、どうやら本当に間島家の養子になるらしい、戸籍上先生と僕は親子になる。
僕のお腹の子と僕を守るには、それが手っ取り早いとかで反対を押し切って僕を養子にするとか、どんなわがままだろうか、間島家の人達に申し訳ないという気持ちになる。
上流階級の人達のことなんて僕には全然分からない、一般人が本当にいいんだろうか? と一人寮に戻ってから考える。
ベッドの上で横になり、本当に色々あったなと、ぼんやりと天井を眺める。
七海先生からも朋也が嫌なら私が養子にするよとも提案はされた。後ろ盾としては間島家よりは劣ることになるが、それでも副業で投資家をしてるらしい七海先生はその界隈で有名らしく御堂家にも知り合いがいるとのことだ。
僕としてはそっちのがと思ったのに間島先生が「絶対にダメ! 朝陽は僕の子供にするの!」と譲らなくて間島先生の子供になることに決まった。
僕の意思は? と思うところはあるけれど、僕が強く拒否できないのは御堂と結婚して番になれる喜びが勝ってるからだ。
本音を言えば御堂と番になれるのは嬉しい、めちゃめちゃ嬉しい。
それを素直に受け入れていいものか、いまだわからないけど、身分の差とかは先生のおかげで解消ができる、という感謝の気持ちもあったりするから、僕って単純だな。
御堂家に挨拶行く前に色々と準備が必要だからと、その前に色々と必要なものは揃えちゃおうって間島先生に提案をされて、御堂と一緒にΩ用の首輪を購入してプレゼントとして渡された。
妊娠中は番になれないから、とりあえずこれをつけて欲しいと赤い首輪を渡されて正直戸惑ったけど、未来の旦那様からもらうのは嬉しかった。
さらに先生からの提案で妊娠もしてるし、番にもなったことにしちゃおうってなった。
拒否も拒絶もできないように、Ωは希少性が高いから番になったΩをαが一方的に理由なく捨てることは、死罪も同然で御堂が僕を捨てたらやばい事になるってことだけは先生の話を聞いてなんとなく理解できた。
ベッドの上で思い返しても、一日が凝縮して濃厚になったような濃さだったと、へとへとに疲れ果てた体に苦笑した。
ふと気になって、お腹を撫でる。ここに御堂との子がいる……そう考えるだけで嬉しくて叫びたい気分だ。
口元が自然と緩んで愛おしむようにお腹を撫でる。
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