第1話




 全寮制高校に通う僕は、この学校では数少ないΩだ。

 クラスメイトの大半はβで、その中にαもいるけれど、Ωは僕のクラスでは僕だけという少さ。

 元からΩは貴重だと言われてるくらいに年々Ωは減り続けてるらしい、原因は番の減少だとか。

 Ωが少なくなると自然的にαもβやα同士で結婚することが増えて、その結果αとΩの番というものが減ってると問題視されていた。


 Ωの出産率もそうだが、αも年々減少傾向にあるとか、元々αとΩの番の間に生まれる確率がかなり高いから、Ωが減ることで番が減り、結果的にαも減るということだ。

 それだというのにΩのフェロモンに振り回されたくないαというものが増えて番を持たないフリーのαが増えて、Ωもフリーが増えた。

 それを国が危険視してるらしく今ではΩは蝶よ花よと大事に扱われる。


 まぁ、そんな余談はどうでもいいとして、問題は僕が風邪すらめったに引かない健康優良児で、その自信がなくなるほどにここ数日、微熱、食欲不振、眠気、だるさが続いているということ。


 人は向き合いたくない現実を目の前にすると、別のことを考えて現実逃避するということがある。

 僕も現実逃避をしていただけなわけで……。


 病院に行くか悩んで、ひとまずネットで自分に当てはまる症状を調べてみた。色んな病名の中から“妊娠”の文字それに釘付けになった。


 なぜか? それは簡単な話だ。実は調べる前から、もしかしたらと考えていたから。

 思い当たる節がありすぎるほどあるから、現実を直面できない僕は、あれやこれやと色々と理由をつけて逃げてみたけど、やっぱり、妊娠の可能性は捨てきれない。


 この高校に来て1年が経過して順風満帆な人生を送っていたはずの僕、そんな僕が今までヒート管理を間違えたことだってなかったのに、ある日、ヒートを起こした。

 抑制剤はもちろん服用してたし、今までこんなことが起こったことがなかったから、完全に僕は判断を間違えた。

 ちょっと熱っぽいなと感じていた程度だったものが、夜になると悪化して酷くなった。


 今の抑制剤は昔と違って優秀でΩが首輪をしなくても出歩ける時代になった。

 そんな今の時代で服用しててヒート起こすなんて、宝くじ当たるより確率低いんじゃないか? 


 ヒートを起こしたっていっても緊急用抑制剤を打ったからヒートは一日で終わったし、セックスしたあとに避妊薬だって飲んだ。


 それで妊娠してたらこれ、僕も相手も災難すぎないか?


 脳裏に過ぎるのは数ヶ月前に起きたヒート、処方されてる抑制剤も飲んでいたから、1度もヒートを体験することなく2年に進級した。


 好奇心旺盛な僕は、ヒート中のセックスに興味があったけれど、自分の通う高校は教師にもαが多いし、生徒にもαが多いとなれば、そんな中でヒート起こすとか正気の沙汰じゃないのは僕でもわかる。


 それにヒートに巻き込んだαが可哀想だと思ったから忘れっぽい僕でも薬は忘れずに飲んでいた。


 それなのにあの日、僕はヒートを起こして仲良くしてくれてるαの親友に迷惑をかけたのを今でも覚えている。


 意識は朦朧として初めてのヒートで疼き火照る体、ただ、ただ、楽にしてほしくて僕の様子が変だと気づいた御堂が部屋に現れた時には彼が欲しいと思ってしまった。


 体の熱を鎮めてほしくて御堂に手を伸ばしてしまった……。

 今思い出してもあれが間違いだったのだと後悔することしかできない。


 あのヒートで妊娠したのだろうか?

 いやまだわからない、あくまでも可能性の問題なだけでまたそうと決まったわけじゃないぞ僕! しっかりしろ! と頬をパシーンと叩いて気合を入れる。

 力強く叩きすぎたせいで、頬は赤くなるし、ジンジンして痛い。

 がっくりと項垂れて、朝からなにしてるんだろう? ため息ばかりがでてくる。


 気を取り直して学校が終わったら薬局屋で妊娠検査薬を買わなきゃなとスマホで忘れないようにメモしてから寮の部屋をでる。




 学校が終わって寮に戻ると、すぐさま帰りに買った妊娠検査薬を持ってトイレに駆け込む。

 制服姿で買うのはダメだろう? と考えて私服をカバンに入れてトイレで着替えてから買いに行ったのは正解だった。

 僕は童顔なのもあって、若いからか、店員にジロジロ見られたし、それでも、なにも聞かなかったのは僕がΩであることを証明するために首輪を付けたからだ。


 普段は絶対に付けないけど、この時ばかりは緊急時代でやむなくといったところだ。

 Ωであれば、妊娠検査薬を買うのに年齢確認されるとか、怪しまれることはない。いや、例え怪しいと思っててもスルーしてくれる。

 そんな思いをしながら買った検査薬を使って、そして───────結果は恐れていたことが起きてしまった。


 陽性、妊娠を示す結果に、じわりと涙が勝手に込み上げてきた。

 御堂との子供が嫌なわけじゃない。僕は御堂に片思いをしていたから……。

 いつの間にか大切な友達から愛する人になっていたし、正直いえば子供は嬉しい。


 嬉しいけれど、この子を産むことはできるのだろうか?

 僕は一般家庭出身で御堂は名家の生まれだとか聞いたことがある。

 αの大半は実家も凄いことが多いけど、御堂もかなり有名な家柄だとか、僕はそこらへん疎くてよく知らないけど。


 そんな家の跡取りの御堂が僕との間に子供が出来たとか知られたらどうなるんだろうか?


 お腹の子は無事でいられるのか、仮に無事だとして産むことを許されたとしても、この子は僕の子供として育てることができない気がする。


 取り上げられる可能性にいきついて泣きたくなった。

 お腹をぎゅっと握って、ため息がこぼれる。

 この子だけはなんとしても守りたい、産みたい、御堂の子供ということを秘密にすれば産めないだろうか。


 御堂にはできてしまったことを伝えて迷惑かけないから産んでいいか相談しよう。

うん、そうと決めれば早速御堂に相談するぞと、意気込んで立ち上がって隣からたまに聞こえる生活音に今日は部屋にいるみたいだし、いざ突撃!




 勢いのままに突撃するしかないと自分の部屋を出てから、隣の御堂の部屋のドアを数回叩く。


 中からゴンと凄い音が聞こえて心配になって、慌てて「御堂大丈夫?」って扉越しに声をかけた。


「大丈夫だ」


 声が聞こえてきて扉がすぐに開いて、御堂はグレーのスウェットに髪はボサボサというイケメン台無しな気の抜けた状態だった。


 その姿が逆に、きゅんと胸を甘く締め付ける。気の抜けた感じが気を許された気がして単純な僕は本当にこんなことでときめいてしまう。


 自分の脳内お花畑加減に呆れて、乙女か! と心の中でセルフツッコミしながら真剣な表情で御堂を見つめて口を開いた。


「ちょっと話があるんだけどいいかな?」


「……わかった」


 一言返事をした御堂が体を横にずらして、中に入るように促されるままに中に入って小さく「お邪魔します」と言葉を紡ぐ。


 座るところはベッドを、しめされてそこに大人しく腰をおろせば御堂も隣に腰を下ろしてきた。


 勢いのままに来たはいいが、なにも考えてなかったから言葉がなかなか出てこない。


 言え、言うんだと鼓舞しても、いつも饒舌に回る口は今日ばかりはお休み中なのを恨むしかない。長い沈黙を先に壊したのは御堂だった。


「その……なんかあったのか?」


「あー……その、えっと、……僕こういうの本当苦手だ、すーはー……」


 深呼吸を繰り返して騒がしい心臓を落ち着かせる。

 ガラにもなく緊張して手は汗でびっしょりだ。

 今から言わなければいけないことを考えると、どんな反応されても傷つかないように覚悟を決めて、よしっ! と気合を入れて口を開く。


「あっ、あのさ、僕……妊娠したみたい」


「あ……あー…あの時か」


「うん、それでなんだけど、御堂の子だって言わないで産むことできないかなって、せっかく僕を選んで来てくれた子を僕は殺すなんてできない……」


「なに言ってるんだ? ダメに決まってるだろ」


「そう……、か……そう、だよな……」


 御堂の拒絶の言葉にじわりと涙が浮かぶ。心が痛い。

 覚悟を決めても好きな人からの拒絶は、こんなにも痛いものなのか、痛くて痛くて、それでもみっともなく泣くのはダメだとグッと歯をかみ締めてたえた。


 御堂から肩を掴まれて無理矢理、御堂のほうを向かせられて視線が合えば我慢してる涙が溢れてしまった。


 ぽろぽろと涙の粒が溢れ出して止まらない、その様子を見た御堂が珍しく声をはりあげた。


「違う! 勘違いすんな、バカ!」


「え?」


「俺の子じゃねぇってことにすんのがダメだ言ってんだ、俺との子なら俺が責任を取る。俺の番になれ、拒絶は許さねぇ、はいか、いえすで返事しろ」


「はっ、え? はい?」


「よし、言質はとったからな、これから忙しくなる、色々と挨拶回りしなきゃだろ」


「まってまって! 御堂さん? 何いってんの? 僕一般家庭出身だし、御堂にふさわしくないでしょうよ! どう考えても反対されるじゃん」


「あ゛?」


 低音で凄まれるとビクッと肩が揺れた。

 御堂はなんの責任もないのだからとる必要だってない。

 ヒートを起こしたのは自己管理の甘さが原因だ。妊娠したのだって事故みたいなもん。


 御堂にその責任を取らせるのは自分でもわかってる、違うってことくらい。


 だから説得しようとしても聞き耳持ってもらえず責任取るの一点張りで、この日は平行線をたどって説得を諦めることにした。


 明日担任の先生も入れた話し合いがあるから、その時に一緒に説得してもらえばいいと甘い考えをしていたことを後悔することになるなんて、この時の僕は色々と起きすぎて気づいてなかったんだ。




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