謁見と特訓



「其方がフカマチアオイか」

「はい。陛下」


映画で見たような豪華絢爛な謁見の間で、陛下と対峙する。さっきエストに教わったばかりの礼儀――といっても陛下に話しかけられる前は顔をあげない、返事は「はい、陛下」だけ――で向き合った。


「其方に災厄封印の命を与える。使命に則り、封印して見せよ」

「……はい、陛下」


(はあ? そんだけ?)


昨日のエストたちからの手厚い気遣いの後だと、当然のように課される命にパワハラみを感じて気分はよくない。一国の王だし、これくらいの威厳と偉そうさがないとやっていけないとはわかっているけれど、お願いする立場のくせにという気持ちは拭えない。


とはいえ、そんな感情を見せるわけにもいかず、表情にはおくびにも見せず、にっこりと慣れた笑顔を向けた。


そうして適当に笑顔で過ごしているとあっという間に謁見の儀は終わったらしく、私は元いた部屋へと返された。すぐに着替えさせられ、今度は魔法練習場に移動させられる。


(2日目からハードだなあ……)


一応、護衛の観点から私を多くの目に晒さないようにする必要があるらしく、移動はだいたいエストによる転移魔法だ。そのせいで、王宮の道も人もほぼほぼわからない。


(嫌気がさしたりしても、私が逃げ出さないように管理する意味もあるんだろうな……)


魔法練習場は、名前を聞いたときは運動場みたいなイメージだったけれど、転移してみると、だだっ広い真っ白の空間だった。


「君は山と川だと、どちらが好きだ?」

「川かな?」


妙な質問だと思いながらも素直に返事すると、エストが何かを唱えて、一瞬でその場所が静かな川が流れる自然に早変わりする。


「な、なにこれ……!」

「幻影魔法だ。魔法練習場はいくつかステージが用意されていて、自分の好きなようにかスタマイズできる。例えば時間帯も変えられるし、演習用の魔物を出すこともできる」

「すごーー!!」


思わず屈んで、地面に触れて、生えている花を匂ってみる。


「ちゃんと花の匂いがする!」

「土に触れれば汚れるし、川に入れば濡れるぞ。もちろん、練習場から出れば汚れも消える」

「どこでもドアみたい! エスト、すごいね!」

「……私がすごいのではなく、そういう空間というだけだ」

「ねえ、せっかくだし遊ぼうよ!」

「早速特訓を……、え?」


私とエストの言葉が被って、思わず顔を見合わせる。困惑したエストの表情に吹き出すと、彼は眉をひそめた。


「遊んでる暇はない」

「でも私、元いた世界でもずっと働いててね、こんな風に好きに過ごせるの久しぶりなの」


変装もせず、こんなに広い場所で自由に過ごせるのは何年ぶりだろうか。考えただけで胸が躍って、エストの前で取り繕うこともなくはしゃいでしまう。


「ねえ、少しだけ。いいでしょ? 悪いことしないから」

「……少しだけなら」

「やったあ!」


エストはため息を吐くと指を鳴らして、ベンチを出現させる。そこに腰掛けると、タイマーを設置したようだった。まるで私1人で遊んで来いとでも言いたげな態度に、むっとして側に寄る。


「何してるの、エスト」

「私はここで待っている」

「ダメに決まってるでしょ。さっき、私は「遊ぼう!」って言ったんだよ。エストと遊びたいの」

「私と?」


エストはまさか自分が誘われるとは思っていなかった様子だった。私と遊ぶのが嫌でベンチに座りだしたと思っていたけれど、そうではないみたいで、私の方が驚いてしまう。


「エスト以外誰がいるの? ひとりで遊んだって面白くないでしょ。ほら、立って!」


腕を強引に掴んで引っ張ると、エストがされるがままに立ち上がる。そのまま手を繋ぐようにして、川の方まで駆けていく。


「ねえ、濡れたって外に出ても平気なんだよね?」

「そうだが、何をする気でいるんだ」


にっこりと笑顔を向けると、エストの手を放して勢いのままに川へ飛び込んだ。


「気持ちいい!!」

「な……、君は……!」


びしょぬれになった私を見て、エストが目をまんまるに見開く。まさかの行動すぎて予想ができなかったのか、引き留めようとした腕が宙を掴んでいる。


「あははっ、困ってる!」

「元に戻れば濡れないと言っても、ここにいる間は実際に体も冷える。風邪ひくぞ」

「こんなに温かいんだし、平気だよ」


浅い川は座り込むと、ちょうど胸元まで浸かるくらいの深さだ。透明度も高く、少し遠くには小魚が泳いでいる。太陽は柔らかく私たちを照らしていて、川遊びには最適の気温だ。


「いいから、体調を崩すといけない。早くこちらへ」


そう言って、エストが手を差し出す。予想通りの行動に思わず笑いそうになるのをこらえて、渋々といった態度でその手を掴んだ。そしてそのまま勢いよく私の方へ引っ張る。


「っ、わ……!」


勢いよく倒れこんできたエストが、水しぶきをあげて川に落ちる。咄嗟に私をかばってくれたのか半ば抱き着くような体制になっていて、意外と分厚いエストの胸板に頬をくっつけた。


「大丈夫か!?」


ばしゃりと水音を立てて身を起こしたエストが心配そうに私を見下ろす。その真面目さに思わず耐えきれなくなって、吹き出してしまう。


「あははっ、へいき、ありがとう!」

「君は……」


水に浸かったままけらけらと笑う私を不服そうに見下して、紳士らしく優しく抱き起こしてくれる。それさえもおかしくて、笑いが止まらない。


「……変だな、君は。変だと言われるだろう」


気に食わない様子でそういうエストは、恐らくそれが今の私に言える最大の罵倒なのだろう。今までこんなことをされたことがないと見た。


(多分、いいとこのぼっちゃんなんだろうな。女の子にからかわれたり、いたずらされたりしたことなさそう)


川の中に向かい合わせで座り込んだまま、びしょぬれになったエストを見上げる。水も滴るなんとやらで、目の保養にとても良い。


「変とはあんまり言われないかも。どっちかっていうと、かわいいって言われる」

「……この国では、君のような女性はいないよ」


呆れたように、小さくエストが笑って髪をかきあげた。涼やかな印象のあるエストの顔は、笑うと一気に柔らかい雰囲気になる。初めて見る微笑みに胸がきゅっとしたのは、きっと不可抗力だ。


「この国の女の子は、川で水浴びしないの?」

「しないし、男を川へ引き込むこともしない。それに自分でかわいいとも言わない」

「ふうん。でも、私も男の子を川へ引き込んだのは、エストが初めて」

「……光栄だよ」


少しも思ってなさそうに言って立ち上がると、手を差し出される。もう一度引っ張っちゃおうかなと思いながら掴むと、それを予期していたようで、さらに強い力で引き寄せられた。


勢いのまま立ち上がってよろつく私を、エストが抱きとめてくれる。


「二度、同じ手にはかからない」

「……残念」


エストは私の体を離すと指を鳴らす。すると一陣の風が吹いて、私とエストについた水を一気に乾かしてしまった。


「遊びも終えたところで、特訓を始めるぞ」

「はあい」


有無を言わさないエストの眼差しに、仕方なくうなずく。そうして、初めての特訓が幕を開けた。

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アイドルが異世界転移したら ななこ @nanaco88

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