レナード




次に意識がはっきりしたのは、しばらくたったころだった。いつの間にか部屋に来ていたらしいエストが向かいのソファに座っていて、目覚めた私に気づいて書類から視線を上げる。


「ああ、起きたか」

「……ん、起こしてくれてよかったのに」

「いや、休息をとれずに倒れられると困る。君の体が第一だ」


優しさに見えて、封印に必要な私の体をダメにするわけにはいかないという使命による言葉だと察する。


(まあ、大事にしてもらえるだけマシか)


「ありがとう」

「……感謝されることではない」

「真面目だなあ。私が感謝してるんだから、素直に受け取ればいいんだよ」


エストは少し難しそうな表情をして「善処する」と言った。真面目か。


「これから君には護衛が2人つく。1人は私で、もう1人が魔法騎士団の筆頭魔法士だ。軽薄に見えるが、実力は折り紙付きなので安心して欲しい」

「わかった」


私が頷いたのを合図に、エストが小さく指を鳴らすと、金髪の男が入ってきた。これまたエストとタイプの違ったイケメンで、人好きのする笑み顔は親近感を覚えさせる。緩く襟足で髪を束ねていて、黒いローブとの対比で余計に髪が眩しく写った。


「どうも、聖女さま。俺はレナード・ジャーヴィス。よろしくな」

「深町葵です。よろしくね」


手を差し出されたので握ると、何故か不思議そうに首を傾げられる。


「あんたのいた世界にはハンドクスはないのか?」

「なにそれ? あ、もしかして手の甲にキスするやつ?」

「なんだ、知ってるんじゃん」


にこりと灰色の瞳を細めて、握ったままの私の手の甲にキスを落とした。さすがにそんなことをされたのは初めてで、ちょっとだけ感動してしまう。


「おお……!」

「はは、何その反応。おもしろ」

「こういうの映画とかでしか見たことなかったから」

「映画?」

「えーっと、物語のなかって意味かな」

「挨拶は済んだな」


様子を見ていたエストが、そう言って視線でレナードにも座るように促す。彼はエストの横にどすんと腰掛けた。その態度に何も言わないあたり、2人は旧知の仲なのかもしれない。


「今後は私たち3人で共にすることが多くなるだろう。もし不審なことなどあれば私たち2人のうちどちらかに報告するようにしてほしい」

「わかった」

「明日は朝に陛下への謁見がある。陛下から認められれば、封印の儀に向けて修行を積んでもらうことになる」

「修行……って、具体的になにをするの?」


正直、何もしなくても私に何かの力が目覚めてイージーに封印できると思っていた。まさかのワードに内心げぇっと思いながら、エストを見つめる。


「君に聖なる印があることは確認済みだが、印はまだ顕現されていない。まずは印が体に表れるように、特訓をしてもらう」

「印は見えないのになんで確認済みなの?」

「人間には誰しも、魔力のオーラがある。君のオーラは聖なる色……純白だからな。印がなくとも、聖女だということの証明になる。自分の魔力をうまく操れるようになれば、印も顕現されるはずだ」

「……なるほど?」

「君は素質がありそうだから、すぐだと思うよ」


(私に魔力が……)


ファンタジーすぎて笑いそうになるけれど、わくわくもする。誰だって一度は魔法使いになるのを夢見るはずだ。


思わず自分の手を見つめて、目を凝らすけれど、エストのいうオーラとやらはちっとも見えない。


「あははっ、そう簡単には見えないよ」

「残念……。2人はどんな色なの?」

「俺は炎の契約だから赤。エストは雷の契約だから紫」

「契約?」


魔法のシステムがよくわかっていない私に、エストとレナードが丁寧に説明してくれる。どうやらこの世界の魔法は精霊との契約によって成り立っているらしい。魔力を媒介にして様々な精霊と契約して、使える魔法を増やすんだとか。


「炎の契約をしたら、水とか他の属性の精霊とは契約できないの?」

「いや、俺たちは生まれたときに最初の精霊と契約するんだけど、それが主精霊として体に刻まれるんだ。その属性の魔法がもちろん1番使いこなしやすいけど、他の属性も副精霊として契約することはできるよ。エストなんて全属性と契約してるし」

「すごーい……」

「レナードは炎の大精霊と、風の大精霊と契約している。そちらのほうがずっと稀有な事例だ」

「またまた、謙遜しちゃって」

「ふたりは仲良いみたいだけど、友達なの?」


私の質問に、2人が顔を見合わせた。それからエストは困った顔をして、レナードはふっと吹き出す。そんなに変なことを聞いただろうか。


「ごめんね、笑って。聖女さまは何も知らないんだもんな」

「ううん。むしろ失礼なこと聞いちゃった?」

「いや、そういうわけではない。それに、友人というのも間違っていない」

「ここではそういうこと聞く人がいないだけ」


腑に落ちない回答に首をかしげる。けれどあまり深入りはしないほうがいいのかもと考えて、それ以上の詮索は避けておくことにした。


「他に質問はあるか?」

「大丈夫。2人ともありがとう」

「……、ああ」


エストは少しだけ言い淀んで頷いた。また感謝することではないのにと視線が訴えていて、思わず小さく笑う。感謝されるのをここまで遠慮する人というのも珍しい。


(私も職業病、ついお礼を色んな人にすぐ言っちゃうとこあるしなあ)


スタッフさんには気に入られた方がいいし、ひとつひとつ、どんな小さいことにもお礼を言っていた。条件反射に近いかもしれない。


「では、また明日の朝に。何かあれば、この石に呼びかけるといい」


そう言って、エストは紫の水晶がついたネックレスを差し出した。


「君が念じれば、その思念が私の元に届くようになっている」

「おお、すごい……」

「肌身離さず、持っていてほしい」


しゃらん、と私の手の中にネックレスが落とされる。それを握りしめて、そっと呼びかける。


(男の子からアクセサリーをプレゼントされるのって、ちょっとドキドキするな。「肌身離さず」なんて、大切にされてるみたい……)


「……!」

「……エスト?」


分かりやすくエストが目を見開いて、それから表情が崩れるのを防ぐようにむっと口を引き結んだ。


「そういう意図で、渡したわけではない」

「……あ、やっぱりこうしたら伝わるんだ? すごい」

「…………」

「あのエストを振り回すなんてやるな、聖女さま」

「えへへ」


誤魔化すように適当に笑って、ネックレスを首から下げる。エストは少しだけ拗ねたように視線を逸らし、「では」と短く言って部屋を出て行ってしまう。それに続いてレナードも背を向ける。


「おやすみ、聖女さま。いい夢を」


去り際に振り返り、にっこり笑顔とともにドアが閉まった。


1人きりになると力が抜けて、ソファに溶けるように沈み込む。今更だけどと頬をつねろうとして、顔に傷をつけないよう、代わりに二の腕をつねる。


「痛……」


鈍い痛みに、改めて夢ではないのだと実感する。


「妙なことになったなあ……」


独り言はやたらと豪華な部屋の天井へと吸い込まれていく。外を見れば、すっかり真っ暗でレナードが言ったように「おやすみ」をする頃合いなのだと教えてくれる。


ゆったりと微睡んでいる間に部屋に入ってきた侍女たちによって、さっさと軽食と寝る準備が整えられ、寝返りを五度打っても落ちなさそうな広いベッドで、私は眠りについたのだった。



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