第7話「デート」
「結局買わなくてよかったのか?」
「うん。よく考えたらあんまりお金持ってなかった」
「なんだそれ」
服屋では何も買わず、俺達はモールの中を散策する。こんな風に少し抜けているところも香純らしい。
腕時計を見るともう12時を過ぎていた。きゅるるるる、とどこからか腹の虫が聞こえる。俺ではない。
隣を見ると、香純がリンゴのように頬を真っ赤にしていた。どうやら虫はこいつの腹の中にいるらしい。
「腹減ったしなんか食うか」
「もう!」
ニヤニヤと俺は香純に尋ねた。こうやってからかうのは本当に楽しい。おまけに扱いやすいのが何よりいい。
「直樹のおごりだから」
「誰が奢るかよ」
生意気な奴め。絶対奢ってやらんからな。
しばらく歩いて、フードコートにやってきた。夏休みということもあり、若い客が多い。心なしかカップルも何組か見られる気もする。
「何食べよっか」
「そうだな……」
様々な店舗の看板を吟味していく。ラーメン、お好み焼き、寿司、ハンバーガー、和洋問わず多様に揃えられたこの空間で、どれか一つ決めなければならない。非常に迷う。
「香純は何がいい?」
「どうしよっかなあ。迷っちゃうなあ。」
「俺も」
その場で10分間悩んでいるうちにどんどん客足が増えていった。これは早くしないと座れなくなるかもしれない。俺達は醤油ラーメンを頼んだ。
席を探したがほとんど埋まっている。これはどこかが空くのを待つか、と思っていたところ、たまたま窓際の席が空いていたのを見つけた。
「いい景色だね」
ショッピングモールの高層階にあるこのフードコートからは、周辺の街が一望できる。大きな道路が伸び、その横に生えるようにビルが連なる。俺達の住んでいる町とは全く違う景色だ。
窓の遠くから大きな山がそびえ立つ。あの向こうから俺達は来た。誰が住んでいるかよくわからないくらいに過疎化した港町。
「直樹、食べないの? 麺伸びちゃうよ」
「え? あ、ああ」
ぼうっと故郷のことを考えていたら、香純に話しかけえられた。香純はトッピングとしてゆで卵とチャーシューを俺よりも追加している。昔から大食らいだった香純だが、こいつが太っているところはあまり見たことがない。
「よく食うな」
「私、太らない体質らしいんだよね」
知らないけれど、と一蹴するように香純はラーメンをずるずると啜る。その音が俺の食欲をそそり、俺も麺を口にした。俺は食べるとその分太る一般人なので、運動しなければならない。
「なんかさ、町の人、いつもと違ってたね」
思い出すように香純は話す。
「町って、ここ来る前の?」
「そ。みんな私が来た途端お祭りみたいに持て囃して。雑誌の小さなコーナーに載っただけなのにね」
それをお前が言うか、というツッコミはラーメンと共に胃袋へ流し込んだ。俺はずるずると麺を啜りながら香純の話に耳を傾ける。
「でも、応援してくれてるのって嬉しいなあ。なんか、この後本当にモデルになってもいいかもって思えてきた」
「そんな簡単な世界じゃないだろ」
「わかってるよ。でも、みんながあんな感じで喜んでくれたら、私も頑張ろうって思えてきちゃった」
うふふ、と笑いながら香純はまたラーメンを頬張る。大食漢で早食いな香純は、もう容器の底が見え始めようとしていた。俺はまだ半分しか食べられていないというのに。
「でもまあ、お前みたいなファッションセンスじゃ無理だろうな」
「むう、直樹よりはマシだもん」
それを言われたらおしまいだ。同じ服を着まわして生活する俺よりも、服に気遣い始めたこいつの方がよっぽどセンスがある。まあ、それで食べていけるほどの才はまだないと思うけれど。
俺達は談笑しながら食事を進めた。と言っても、食べるのが早い香純が一方的に話し、俺がそれを聞きながらラーメンを食するだけなのだが。でも楽しそうに話をする香純を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。なぜだろう。
「ごちそうさまでした」
腹の中に重しが埋め込まれている感覚だ。香純はこれで「まだ何か食べたい」と言ってデカいパフェを注文したもんだから、やはりこいつの胃袋は異常だ。
「ねえ、次どこいこっか」
香純に尋ねられ、また俺は返答に詰まった。というか何も考えたくない。別にどこに行っても楽しいし、きっと屋外だとどこだろうと暑い。
「そうだな、暑くない場所がいい」
「何それ。この引きこもりめ」
「うっさい」
しかし外に出たくないのは香純も同じだったようで、結局ショッピングモールの中を適当にブラブラと散策するだけであっという間に一日が過ぎてしまった。途中のゲームセンターのクレーンゲームに熱中しすぎて帰る分以外のお金が無くなってしまったことは絶対親には内緒だ。
「今日楽しかったね」
「まあな」
「なんか、恋人同士のデートって感じ」
「はあ?」
ニヤリと香純は俺を見る。からかっているつもりか。さっきの言葉が強すぎてまともに香純の顔が見れない。俺は思わず目を逸らす。
「こ、こんなもん普通だろ」
あまりにも動揺している俺がそんなにも面白かったのか、ゲラゲラと人目を気にせず香純は笑った。
「あっははは、直樹、顔真っ赤過ぎ」
そんなに俺が滑稽に見えるか。香純の笑い声で俺の羞恥心が吹き飛んでしまった。
「うっさい。それ以上笑うな」
「だって、あんまりにも真っ赤だったから」
これはあと数週間はネタにされるんだろうな。今更忘れろ、なんて言ったところで香純が聞き入れてくれるはずがない。はあ、と溜息をつきながら、俺達は駅に向かった。
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