第6話「周囲の目」

 朝8時50分に香純の家の前に着いた。もう既に太陽の日射しが強い。数分外にいるだけで溶けてしまいそうだ。


『今着いた。家の前』


 一応メッセージを送信し、インターホンを押す。田舎の家にしては割と立派な建物だとつくづく思う。


「ごめんねー、ちょっと待ってて」


 家の中から香純の声が聞こえた。メッセ―でも使えばいいのに、なんて言ったら怒るだろうか。


「お待たせ」


 俺の目の前に現れた香純は、やはりどこか輝きを放っているようだった。白いワンピースに、淵の大きな麦藁帽。こんなシンプルなファッションなのに、いやだからこそ香純の整った顔立ちがよく目立つ。モデルデビューしてから何かあったのだろうか。


「似合ってるかな」

「いいんじゃないか」

「本当?」


 年甲斐もなくはしゃぐ香純はやはり子供らしい。そう思うと、彼女の格好もなんだか幼く見えてきた。


「じゃ、行こっか」


 そういう香純だが、今日どこに行くかは知らされていない。まあ、大方のめぼしはついているけれど。


「で、どこに行くんだ?」

「ショッピングモール。直樹に服選んでほしくて」


 やはりか。しかし俺がこいつの服を選んでもいいのだろうか。俺はファッションセンス皆無だぞ。今日の服だってあるものを揃えただけだし。


 それにしても、だ。


 なんだかやけに周囲の目線を感じる。その対象は俺ではなく香純に向けられたものが多かった。ただ駅に向かって歩いているだけなのに、すれ違う人のほとんどが香純を見ている。そんな気がした。


「あら、香純ちゃん? 雑誌見たわよぉ。こーんなにべっぴんさんになって」


 そう朗らかな声をかけてきたのは、この近くに住むおばさんだった。俺もなんどか挨拶をする程度だが、そこまで深い親交はない。


「え、本当ですか? ありがとうございます!」

「みーんな噂してるわよ、こんな田舎にスーパーモデルがいたなんて」

「スーパーモデルだなんて、いやあ、照れますねえ」


 香純はなんだかまんざらでもなさそうだ。田舎だから、やはりこういう「特別感」が身近にいると羨望の目を向けてくるのだろうか。


 その後もいろんな人に香純は声をかけられた。今までだったら絶対なかったことだ。明らかに雑誌効果、だと思う。田舎の情報伝達の速さは伊達ではない。


「えへへ、いろんな人に『可愛いね』って言われちゃった。嬉しい」

「そりゃよかった」


 なんて返したけれど、正直少しいい気分ではない。だって、明らかにいつもと見る目が違う。なんというか、みんな色眼鏡をかけているような、そんな気がした。まるで世界が一変してしまったようだ。


 電車に乗り、1時間近くかけて都市部に向かう。都市部、と言っても東京などの大都会なんかじゃない。それでも俺達が暮らしている地元よりは幾分発展している。


 ここよりも注目されるかと心配したが、杞憂に終わった。意外にも声をかけてくる人はいなかった。


「おかしいな。声かけてくる人いなくなっちゃったんだけど」

「まあ、これだけ人が多いとあの雑誌読んでない人も増えるだろうからな。それにお前の特集は一般公募のミニコーナーのようなものだったから、そこまで目を通す奴なんてそうそういないだろ」

「なんか、そうやって冷静な分析されると無性に腹が立つんだけど」


 むう、と頬を膨らませる香純を無視し、俺達は駅近くのショッピングモールへと向かった。


 別に間違ったことは言っていない。むしろこれが普通の反応なのだ。ただ、俺達の地元が少し特殊なだけで。まるで勇者の凱旋パレードのような、そんな異質さがあった。


 歩くこと数分、ショッピングモールの被服店に連れてこられた。見るからにオシャレな女性ものばかりで、少し場違いな気もする。


「一人モデルショーをしようかなって思うんだけど」

「バカじゃないの?


 脳が動くよりも先に口が動いた。いくらモデルデビューしたからとはいえ、さすがに調子に乗りすぎではなかろうか。


「半分冗談。でも直樹に服、選んでほしくて。いいでしょ?」


 そう頼まれると無下に断ることもなんだか可哀想だ。わかった、と言って俺は香純の服選びに付き合うことにした。しかしファッションショーは半分本気なのか。少し変な心配をしてしまった。


 モデルを始める前は、香純も俺ほどではないがそこまで服にこだわるような奴じゃなかったと思う。どこかへ出かける時も「服選びが面倒だ」とか言っていたくらいだから。それがこうも変わってしまうとは、人間きっかけがあると簡単に成長するんだなあ。


「ねえ、どっちがいいかな」


 香純が提示したのは、水色の服とピンクの服。どちらも淡い系統だ。服の種類なんて知らないので全部「服」とだけ言っておく。


 この手の問題は非常に面倒だとどこかで聞いたことがある。どちらを選んでもその反対を購入されたり、反応が悪かったり、厄介なものだと。


「そう、だな……水色の方が似合うと思う」

「本当? じゃあこっち試してみるね」


 香純はピンクの服を戻し、俺が選んだものを買い物かごに入れる。どうやら俺の選択は間違っていなかったらしい。


「じゃあ試着するから、感想聞かせて」


 と試着室の中に香純は消えていった。なるほど、これが一人ファッションショーか、なんて呑気に考えながら、俺はスマホに目を向ける。いろいろ服の名称などについて調べていた。が、種類が多すぎてわからん。


「いいよ」


 彼女の声とともに、試着室のカーテンが開く。そこにいたのはさっき俺が選んだ服を纏い、彼女自身が選んだロングスカートを履いた香純がそこに立っていた。


「どう、かな」


 恥ずかしそうに香純は笑っていた。確かに似合っている。似合っているのだけれど何かが足りない。


「ちょっと地味過ぎないか?」

「そう? よくわかんない」


 1日そこいらの付け焼刃で手に入れたファッションセンスではどうにもならないらしい。結局ネット雑誌をいろいろ参考にしながら、俺達は服を選んだ。

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