第3話「香純の輝き」
翌日も俺は夏休みの課題に取りかかった。けれど、昨日からずっと香純のことが気になりすぎて勉強に集中できない。気晴らしにゲームをしてみたけれど、やはり気がかりだ。
午後になっても、課題は一向に捗らなかった。香純への心配が募っていく。騙されていないだろうか。酷いことされていないだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
数学の問題集を1ページ解き終えたところで、香純から電話がかかってきた。着信音にすら動揺してどうする、俺。
『やっほー、もしもーし。元気にしてた?』
「それはこっちのセリフだ」
電話越しの声を聞く限り、香純はいつも通りだった。むしろテンションが普段より高い気がする。あいつは嘘をつくのが下手で、すぐ声や仕草、なにより顔に出てしまうから、これが演技ということは流石にないと思う。
『今撮影が終わってね、これから家族でいろいろ見て回るんだ。カメラマンさんがめちゃくちゃに褒めてくれるからもう楽しくて楽しくて』
なるほど、上機嫌の理由はそれが原因か。
「変なこととかされてないよな?」
『だから何もないって。相変わらず心配性だなあ。お父さんとお母さんも一緒だったし、私は大丈夫だよ』
「ならよかった」
香純にばれないように、俺はほっと胸を撫で下ろす。無事でよかった。なんだかここまで来たら俺はこいつの保護者にでもなれるような気がしてきた。
不思議と、香純と電話している間は勉強が捗った。スラスラと問題集を解き進めることができる。どうしてだろうな。俺にもよくわからない。けれどこいつと雑談している間はなぜか心が安らいだ。
「で、お前が載ってる雑誌はいつ発売されるんだ」
『えっとねー。来月のティーンズ誌だって。もしかして買ってくれるの?』
「お前がどんな風に写ってるか見て笑ってやる」
電話越しにむう、と頬を膨らます音が聞こえた。
『ちゃんと綺麗に撮れてるもん。あっと驚かせてやるんだから』
「そうかよ」
俺は鼻で笑った。正直街角インタビュー的な何かだろう。大きく取り上げられることもないはずだ。実際香純がそれを理解しているのは不明だが、そこまで驚くほどのクオリティにはならないはずだ。カメラマンには申し訳ないけれど。
『そうだ。東京土産何がいい?』
「急だな」
香純は飽きたのか別の話題を唐突に持ち出してきた。そういう奔放なところも香純らしい。
「別になんでもいい」
『じゃあその辺の石ころでも持って帰るか』
「バカにしてんだろ。まあいいや。無難に東京ばななでいいよ。そんな土産にあれこれ悩む必要なんてないだろ」
『そっか。わかった。ありがとね直樹』
その後、たわいのない雑談をし、通話は終わった。どうしてだろう、あいつの元気な声を聞いていると、不思議と俺まで元気になる。香純の無事がわかったのもそうだと思うけれど、それは……きっと香純本人の才能なのだろう。
明るくて、天真爛漫で、純粋で、誰にも分け隔てなく接し、そのおかげで誰からも親しい。クラスの中心、というタイプではないけれど、常に輝きを放っている、なくてはならない存在。
だから、スカウトの声がかかったのだろうか。
「……わっかんねえや」
そんなことを考えながら問題集を解いていたが、入試レベルの難問に差し掛かったところでシャープペンシルを持つ俺の右手が止まった。今までの問題は正解か不正解かはさておき、なんとか解決に向けての糸口は見えていた。しかし今回の問題は全く持ってわからない。
さんざん悩んだけれど、答えは出なかった。俺は諦めて次のページに移る。わからない答えにいくら時間をかけるより、飛ばしてサクサク進めていった方が何倍も合理的だ。
夕方までに、数学課題のほとんどは終わらせた。あとは夕食後にちょこちょこと進めれば今日中には数学は終わるだろう。
1階からカレーの匂いがする。途端に食欲が沸いてきた。きゅう、という腹の虫が思わず部屋の中を支配する。少しの恥ずかしさを抑えつつ、俺は問題集を閉じ、ダイニングへと向かった。
「ねえ、香純ちゃん雑誌に載るんだって?」
ダイニングに着いた途端、母親が急に尋ねてきた。余りの出来事に拍子抜けで、思わず変な声が出てしまった。
「誰から聞いたの?」
「香純ちゃんのお母さん。ついさっき連絡が来てね。まさか地元から有名人が出るなんて思わなかったわあ」
まだ有名人になれるとは限らないだろう。街頭インタビュー形式でたまたま雑誌に載っただけの一般人だって山のようにいるだろう。もちろん中にはそれがきっかけで芸能界に踏み入れた人だっているかもしれないけれど。
鍋に入っているカレーを白米と共によそい、いただきます、と一言添えてカレーを頬張った。昔はレトルトの甘いカレーが好きだったけれど、今となっては辛い方が好みだ。
外はまだ明るい。香純も、今頃東京を満喫しているだろうか。そんな風に想いを馳せながら、俺はカレーを口に運んでいく。
「それにしてもどんな風になってるのかしらねえ」
「さあな」
興味のないふりをしたが、少しは興味がある。悪い奴に騙されていないか。完全にその疑念が拭い去ったとは言い切れない。
「そんなこと言って、本当は少し気になるんじゃない?」
「そんなこと、ない」
どうやら母には図星だったらしい。多分この人には一生敵わないだろうな。俺は「ごちそうさま」と両手を合わせ、自室へと戻った。
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