第2話「衝撃の告白」
待ちに待った夏休み。この日から香純は東京へ旅行だ。2泊3日らしい。羨ましい、と少しは思うが、いくら羨んでも状況は依然として変わらないので、俺は夏休み課題に取り組んだ。
部活は帰宅部なので、暇だ。休日は暇で暇で仕方がない。香純でもいれば、どこかへ連れ回されるのだろうが、残念ながら暇をつぶしてくれるような相手はいない。どうしようもなくなって、俺は何の考えもなくスマホゲームをした。
「それにしても暇だな」
ひとり部屋で呟いた。中学は全員部活動をやらなければならない決まりがあったため、この時期はやりたくもないテニスを必死にやらされていたが、自由の身になった今じゃ、逆に何をすればいいのかわからない。勉強も面倒だ。別日に誰か誘ってどこかへ行こうか、と考えたが、最近金欠で遠出できる金も少ない。
無駄に時間を過ごす。何かしなければと思えど、実際に何かを起こす気はない。これからもこんな日々が続くのだろう、と思いながら息を吐き出した。
夜になり、夕食を終えて部屋に戻ると、1件の着信履歴があった。香純からだ。
「よお、何の用だ?」
俺は香純にかけ直した。
『あ、直樹? おっひさー。元気にしてるー?』
「おひさも何も、昨日の終業式で会っただろうが」
『もう、つれないなー』
相変わらずのふざけたような声だ。香純がいつも通りで安心した。影響の受けやすいあいつのことだから、変な風になっていなければいいがと思っていたが、どうやらそんな心配は必要なかったみたいだ。
『そうそう! 重大ニュースがあるんだ! 聞きたい? ねえ、聞きたい?』
聞きたくない、と言っても、どうせ何か自慢してくるだろう。余計な労力は極力使いたくない。俺は無言を貫くことにした。
『ねえ! なんで何も言ってくれないの?』
「だって、面倒くさいから」
『う。じゃあ、直樹が話しかけてくれるまで、私喋んないからね! 本当に、喋んないからね!』
電話からは何も聞こえなくなった。通話はまだ繋がっている。子供かよ、と引いてしまった。俺はミュートにして、とりあえず夏休みの宿題をやった。通話を切らないだけありがたいと思え。
2分程経っただろうか。電話越しに、幽霊のような細く薄い声が聞こえた。
『…………かまってよう』
香純にしては、2分はもった方だと思う。昔は一分も我慢できずに香純から話してきたのに。そんなところに香純の成長を感じてしまった自分はもはやおかしい。もっとも、根本的なところは何一つとして成長していないが。
俺は溜息をつき、ミュートを外した。
「で、何なんだよ、話って」
『ふふん。よくぞ聞いてくれました!』
って、先に話しかけてきたのはそっちだろうが。というツッコミが出かかっていたのを、俺は喉奥に飲み込んだ。なんか面倒なことになりそうだったから。
『私、モデルデビューするんだ!』
……は?
言っている意味がわからない。モデルデビュー? 香純が? いやいやいや、何かの間違いだろう。
嘘は大概にしておけ、と言いたくなった。芸能人でもない香純が、どうしてモデルなんかに。けれど香純が言い放った言葉の衝撃があまりにも強く、俺はしばらく声の出し方すら忘れてしまった。
そんな俺の動揺などお構いなく、香純は話を続けた。
『なんか、モデル事務所の人から声かけられてね。『読者モデルをやらないか?』って。大手事務所の人だったし、信用できる人だったよ』
「信用できそうだって、完全に信用できるとは限らないだろ。大手を謳った詐欺かもしれないし」
『心配性だなあ。大丈夫だったよ、なんにもなかったし』
俺が心配性なのは、今に始まったことではない。いつもは無視しても構わないと判断しているが、香純が離れた途端、あいつの行動がいろいろと不安で仕方がない。今回だってそうだ。何か大ごとになっていなければいいが。
そもそも香純が昔から能天気なのが全ての現況なのだ。どれだけの不幸やトラブルが起きても「大丈夫」と片付けて何事もなくやり過ごすのは、ある意味で香純の長所とも言えるけれど、今回に限ってはきつくお灸を据えてあげないといけないかもしれない。これに懲りずまたホイホイと名前も知らない誰かに引っ掻き回される可能性がある。
「で、撮影はいつなんだ?」
『明日、時間があればって言われたから、受けてみようと思う。お父さんとお母さんに見られるのが少し恥ずかしいけど』
元気な声が電話越しに聞こえた。両親もいることだし、きっと大丈夫なのだろう。包み隠している様子もない。俺も香純のことをもっと信用してもいいのかもしれない。
俺の心が少し締めつけられるのを感じた。変な感情だ。今まで味わったことがない。
「そっか……もう遅いし、早く寝ろよ?」
『うん。おやすみ、直樹』
ポロン、と通話が切れる音がした。俺はしばらく部屋でぼうっと窓の外を見ることしかできなかった。悶々とした感情が胸の中をぐるぐる渦巻いている。
そういえば、香純は小さい頃、芸能界というものに多少なりともの憧れを抱いていた。綺麗な衣装を纏い、歌って、踊る、テレビの中の人たちにすごく目を輝かせていたのを覚えている。
「私、アイドルになりたい!」
なんて言って、香純はよく公園で木の棒をマイク代わりに踊っていた。もう随分と前のことだから、香純が覚えているかどうか不安だけれど。それでも俺がまだ覚えているのが、その時のあいつがとても輝いて見えていたからだ。
きっと、あいつにも素質はあるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はベッドに横たわる。けれど香純のことが頭から離れない。心配性もここまでくると一種の病気だな。
その日はあまり眠れず、深夜3時になっても寝付けなかった。
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