刻ランセはだいたいカッコいい

          ☆    †    ♪    ∞


                   [二〇××年 某月某日]

  [午前一〇時五三分]

            [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]


 二限目の授業が終わり、三限目の授業が始まるまでの一〇分の小休止。


 ランセは頬杖をついて窓の外を眺めていた。


 中性的かつ端正な面に、憂いを帯びた切れ長の左目。

 それだけでも充分に人目を引く美形だが、それに加えて右目に巻かれた眼帯がある種の野性味をも感じさせる。


 しなやかでありながら鋭さも備えた美しさは、まるで狼。


 静かなる狼は何を見つめ、何を思っているのか――


((絵になるー…………))


 ランセを少し離れたところから見つめる同級生・田沼スミと六町ろくちょうケイトは二人してランセに対し同じ印象を抱いていた。


「はー……ランさんは今日もカッコいいっす」

「写真撮りたい……」

「二人ともホントにランセちゃんがお気に入りウホねぇ」


 うっとりとするケイトとスミに対し、のほほんとゴリラ顔でバナナを食べるマユナ。


「なんだか物憂げに見えるっすけど、何を考えてるんすかね?」

「やっぱり剣道のこととか? マユナちゃんはどう思う?」


 ランセに気取られぬよう声を潜めながら、あまり騒がず慎ましくも盛り上がっていくケイトとスミ。

 意見を求められ、マユナはふとゴリラ顔から元の顔つきに戻る。


「んー……どーだろ。ランセちゃん、意外とのんきなトコあるし……そんな重いことは考えてないかも」


 それなりに長くランセを見てきたマユナの回答は、『大したことは考えていない』だった。


 当のランセは、


(……あの雲、カピバラに似てる気がする……)


 窓の外の雲を眺めながら、ぼんやりとしていた。


(いや、アルパカ……だったっけ……?)


 ぼんやりとした思考はゆるやかに混線しはじめ――


(……あれ……どっちがカピバラでどっちがアルパカだ……?)


 ――最終的にカピバラとアルパカの姿をド忘れしていた。


https://kakuyomu.jp/users/sososoya/news/16818093089720226812


          ☆    †    ♪    ∞


                        [同日]

                [午後一六時四四分]

   [公立春日峰かすがみね高校]


 ――放課後。

 校内は帰宅する生徒や部活動に励む生徒の喧騒けんそうに包まれていた。

 グラウンドでは野球部が打撃練習をしていたり、陸上部はハードル走のタイム計測の最中。

 中庭ではいくつかの男子/女子のグループが雑談していたりと、平凡ではあったが――穏やかな時間が流れていた。


「――お姉ちゃん思うんだけど、でんじろう先生ってやっぱり元軍人とかじゃないかな?」

「……誰だその人」

「古代武器の扱いがすごく上手い人!」


 たあいのない話をしながら帰途につくランセとマユナ。

 登下校はほとんど二人一緒。

 その二人の背中を遠巻きに見つめるケイトとスミは、二人してランセとマユナが一緒にいるということの尊さに感じ入っていた。


 重症だった。


「あの大きいブーメランをまっすぐ投げるってだけでも――」

「……――」


 その言葉と体をさえぎるかのように、無言でいきなりマユナを腕ではばむランセ。


 次の瞬間、


 とっ――――――


 ピンポン玉がクッションに落下したかのような音と共に、袋に入ったままの――マユナにはそう見えた。


 グラウンドから飛んできた硬球を、ランセが木刀で受け止めたのだ。


 打球の速度は時速一〇〇キロほど。おおよそ高校生の平均程度と特別速いものではなかったが、予告もなしの即座、その上グローブではなく木刀で弾かず受け止めるという巧技――それを、ランセは息をするかのような自然体でした。


「――こんな事もあるんだな」


 木刀からポロリと落ちた硬球を空いた手で捕りながら、ポツリとこぼすランセ。

 事故だと解っているのか、いつも通り冷静だった。


「あ、ありがと……」


 硬球が飛んできたこととランセの芸当。

 二つの事を同時に受けて多少は面を食らったのか、いくらかトーンダウンするマユナ。


 マユナにとって正直な所、ランセの腕に阻まれた時点で


 つまり――ランセが防がなくても自分で防げた。


 だが、マユナよりもランセの方が一歩先んじていた。


 硬球への反応も、


 マユナをかばうという判断も。


「……ん」


 マユナの礼にそっけなく返事するランセ。


 その返事は『大したことはしてないから気にするな』という意味であることを、マユナは知っていた。


「おーい! 大丈夫ー!?」


 ランセとマユナの元に駆け寄ってくる一人の野球部員。先ほどの硬球を飛ばした張本人だった。

 もちろん本人にそんなつもりは無かったが、飛んでいった打球が人に当たりそうだったこととランセの芸当とで二重に肝を冷やしていた。


「ああ、大丈夫」


 言って、その野球部員に向けて硬球を軽く放るランセ。




 軽く放った硬球は、


 


 ごすっ――――――と、ランセの頭を直撃した。




「「「…………………………」」」


 その場に居たマユナと、野球部員と、そしてランセが、なんともいえない微妙な顔になる。


 ランセは剣道以外の競技――特に球技の腕前は、破滅的だった。


((かわいい……!))


 それを遠巻きに見つめていたケイトとスミだけが、密かに盛り上がる。


 ランセのことであれば、だいたいなんでも良かった。

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