巨乳死すべし

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

         [午後一時一八分]

              [公立春日峰高校 一年一組教室]


 ジュリが鬼のような形相でコマリの胸を揉みしだいていた。


 哀憎怨怒あいぞうえんど。人間が持ちうる負感情の全てをまとったような悪鬼のかおで、ひたすらに、もみゅもみゅと。


「……ヒダリー。ミギーはどうしちゃったの?」


 どういう状況なのかさっぱり解らないマユナは、ジュリのことをよく知るであろうジュンに尋ねるが、


「ほっさー」

「発作ですか」


 いつものようにニコニコしながら答えるジュンに、マユナはそれ以上何も言えなかった。


「憎イ……巨乳ガ憎イ……」


 コマリの胸を充分に堪能したのか、ふらりとコマリから離れるジュリ。それは巨乳に飢えた活性死者ゾンビか、なりふりや足取りには人の生気が感じられない。

 それとなぜだか声にはエフェクトがかかっていた。


 光を失い、虚無のような闇に染まった眼がとらえたのは――ハトネ。


 一年一組の女子では最も長身で、ジュリの標的になる程度には胸も大きい優れたプロポーションの持ち主。


「巨乳ガ憎イ!! ツイデニ身長ヨコセ!!」


 むき出しのコンプレックスと共にハトネに襲いかかるジュリ。

 ハトネはそれに一切動じることなく、片腕一本でジュリの頬をガッとつかんだ。


 ハトネの長い腕に阻まれ、ジュリはその場でだばだばともがくしかできなかった。


 ひとしきりもがいたあと、ふと大人しくなるジュリ。


「……コレクライデカンベンシテヤル」

「よっわ」


 頂点に迫るくらいの情けない捨て台詞に、ハトネは呆れかえった。


 次にジュリの目に留まったのは、リョウ。


 ハトネとは反対に、クラスの中では身長一四〇センチ台のコマリに次いで身長が低い小柄な少女。


 その胸囲も――ジュリが敵視するほどではない。


 スマートフォン、ではなく専用のMP3プレーヤーで音楽を聴いていたリョウがジュリの気配に気付く。


「……あァ?」


 リョウはジュリのことがあまり好きではない。

 不満げに眉をしかめながら、ジュリをじとりとにらむリョウ。


「………………ナカマ」

「ブッ飛ばすぞオマエ」


 胸の大きさ的な意味での仲間――というジュリの友好の意は、リョウにまったく届かなかった。リョウにとってはストレートな侮辱である。


 これ以上は無傷では済まないと直感したジュリはそそくさとリョウから離れながら、今度はジュンに近付く。


「ああっ! ミギーがこっち来た! ヒダリー下がって!」


 ジュンが狙われていると思い、マユナはその身を盾にするが、


「――いやジュンは身内だしよ、身内にセクハラってのはさすがにヤベーだろ」

「……さようでございますか」


 急に正気を取り戻したジュリに、目をとろんとさせるマユナ。


 しかしそれで終わりではなかった。


 ジュリはマユナの目の前から動かない。


 正気を取り戻した目が、再び虚無に染まっていく。


 その視線の先は――マユナの胸。


 制服でも隠しきれない確かな主張は、すくなくとも


「「…………………………」」


 ジュリの視線の先から全てを察したマユナと、悪鬼に戻ったジュリが無言で顔を合わせる。


 数秒の沈黙。周囲のクラスメイトもその様を無言で見守り、教室内が凍りついたかのような静寂が満ちる。


 そして――


「…………っ!」


 ぼっっっ――と空気の壁を突き破るほどの瞬発。


 かつてない真剣マジがおでの全力疾走で教室から走り去るマユナ。


「巨 乳 死 ス ベ シ !!」


 マユナに劣らない速度でそれを追うジュリ。


 ジュリの普段の運動神経は並以下だが、なぜかその時だけは凄まじい速度だった。


「……胸が大きいことはそんなに罪なのか?」

「オレに聞くな」


 ジュリの感情が理解できないのか、頭に疑問符を浮かべながらもぽよぽよとコマリの胸を揉むアマネに対し、ランセは嘆息する他なかった。

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