柔の道

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

        [午前一〇時九分]

  [公立春日峰かすがみね高校 柔道場]


「“待”ってたぜェ!! この“瞬間とき”をよォ!!」


 狂気と暴力性をはらんだ笑みを浮かべながら、道着の帯をぎゅっと締めるジュリ。

 トレードマークでもあるいつものツインテールもほどき、長い髪はアップにしてまとめている。


 全身に充実する気力。その両眼には闘志の炎。


 まさしく――臨戦態勢だった。


「おお……なんかミギーめっちゃやる気だね。どしたの? 柔道得意だっけ?」


 ジュリと同じく長い髪をまとめて、柔道着を羽織りながらたずねるマユナ。

 今までジュリは柔道が得意……などという話は聞いたことがなかった。

 ジュリは「よくぞ聞いた」とばかりに眼光をギラつかせながらマユナに向き直る。


「そりゃオメー……柔道ならランランは木刀ボクトー使えねーだろ! そんなモンたとえるならキバを抜かれたオオカミ! 臭くないカメムシ! 四次元ポケットがないドラえもんよ! ランランにヒトアワ吹かせるなら――今しかねー!!」

「……え? ちょっと待ってミギー。ランセちゃんは――」


 言いかけたマユナの言葉を待たずに、更衣室を出てずんずんと柔道場へと向かうジュリ。


 柔道場にはすでに、道着に着替え終えたランセがいた。


「――覚悟しろやランラン!! パツイチでブン投げて寝技に持ってってなんかこうやらしいカンジにシメ上げてやんぜオアアアアァアァァァアァァァアアアァアァァアァアアァアっっっ!!」


 ランセの姿を見るなり、激しい気勢の割にだばだばと今ひとつ勢いに欠ける足取りで仕掛けるジュリ。


 しかしランセはその攻勢に一切ひるむことなく、

 ジュリの両腕を軽く払いのけ、

 あっさりとえりをつかみ、

 足払いでキレイに足を刈り取り、

 ぺそ、と大分加減しながらジュリを畳に沈めた。

 いつもの仏頂面ではあったが、どこか悲しそうな目で。


「…………………………」


 煮込み雑炊ぞうすいを頼んだら「ですからごめんなさい」と店主に断られた時の井之頭五郎に似た悲しげな顔で天井を見つめるジュリ。


「……ランセちゃんは木刀持ってなきゃなんにもできないってワケじゃないよ?」

「それ以前に非力すぎる」


 更衣室で言いかけた言葉をようやくジュリに伝えるマユナに、ごく端的にトドメを刺すランセ。


 ジュリは悲しげな顔で、畳に身を仰向けたまま天井を見つめていた。


「――それよりランセちゃん! 見て見て!」


 ジュリの敗北を「それ」扱いであっさり片付けながら、マユナは柔道着に着替えたコマリの手を引いてきた。


「はいするりー」


 するり、と肩口からコマリの道着をはだけさせるマユナ。

 白いTシャツ一枚の奥の、豊満な胸がたゆんと小さく揺れる。


「……脱ぎかけの道着って、そこはかとなくえっちですなぁゲヒヒ」

「真面目にやれ」


 コマリのややあられもない姿に下卑た笑みを浮かべるマユナの背後に音もなく回り込んだランセは、送襟絞おくりえりじめを仕掛ける。


 タップする間も与えず、マユナは幸せそうな顔で気絶した。


 マユナを絞め落とした後、ふとランセが柔道場を見回すと――アマネとハトネが組み合っていた。


「ふんっ、ふんっ」

「ちっちゃいのになんとか頑張ってるのかわいい!」


 自分と四〇センチ近い身長差がある長身のハトネに、ぴしぴしと足払いを仕掛けるアマネ。

 ハトネには、その様が猫じゃらしにパンチを繰り出す子猫のようにしか見えなかった。


 ジュリと違い、木刀を持ったランセでさえも素手で圧倒する卓絶した武術を修めたアマネだが、単にやる気がなかったのか、それともランセ以外にその術技を振るうつもりはなかったのか、その姿はただの小学生。


「……………………真面目にやってくれ」


 ただの小学生に敗れたと錯覚してしまうのか、アマネを見るランセの目はどこか悲しげだった。

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