されるがママ

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

  [午前八時九分]

  [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]


 家事全般をこなせるママ力の高さと、それを惜しげもなく発揮できる気配りの良さから「一組のお母さん」と呼ばれる間宮まみやヨリは、教室に入って早々にマユナに抱きつかれていた。


「はー。こんなはだざむいひはマミーをハグするにかぎるぜ」


『カイロがあったかい』だとか、そんな気軽なニュアンスでめちゃくちゃな事を口走るマユナにランセは眉根を寄せた。


「人をカイロ扱いするな。間宮も微妙な顔してるから離れろ」

「あー」


 ぐい、とヨリからマユナを引きはがすランセ。

 しかし当のヨリは確かに微妙な顔をしていたものの、心情としてはそこまで嫌がってはいない。


 なんだかんだで、マユナのスキンシップに慣れてきていた。


 ようやく自分の席に座ったヨリは、今度は背後からいきなり頭に猫耳が付いたカチューシャを装着させられる。


 何事かと振り向くと、そこには妙に渋い顔をしているジュリがいた。

 年季の入った盆栽家か陶芸家のごとく、自作品の出来映えを吟味するかのような顔。

 その隣ではジュンがポーズだけ真似していたが、いつも通りのニコニコ顔だった。


「……何やってるんだ右輪」

「おう……ネコミミが見たかったからくっつけた。そんだけだ」

「勝手すぎるだろ。間宮も微妙な顔してるからやめろ」


 どことなく格言めいてはいたが、やっぱりめちゃくちゃなことを口走るジュリを至極真っ当に断じるランセ。


「いーじゃねーかネコミミぐれーよー! おらヨリリ! せっかくだからにゃーって言え!」

「にゃ、にゃー?」

「んん! 来月のPopteenの表紙は決まったな!」

「間宮で遊ぶな。っていうか間宮も素直に応じなくていい」


 サッとヨリから猫耳カチューシャを取って、近くにいたジュンにそれを付けるランセ。


「まったく……間宮も強く言いづらかったらオレに一声――」


 言いながらヨリに向き直るランセだが、そこにはアマネが自分の椅子に座るかのような気軽さでヨリの膝の上に座していた。


「……………………一応聞くぞチビスケ。何やってる」

「うむ。今なんとなくヨリに座りたい気分になったのだ」

「……だろうな」


 予想通りの返答に大きな溜息をつくランセ。


「……………………間宮。助けた方がいいか?」


 ヨリのあまりの慕われっぷりに、ランセはとうとう自分の方が余計なお節介をしているのでは……と迷い始めていた。


「うん……授業始まるまでだろうし、大丈夫。ありがとうきざみさん。気にかけてくれて」


 柔らかく笑みながら、アマネの髪をなでるヨリ。


 マユナにしろジュリにしろアマネにしろ、その距離感の近さには何かと驚かされることが多いヨリではあるが――同時に、それぞれ悪気がないことも理解していた。


 ただ単にじゃれたいだけ。

 純粋に慕われているだけ。

 そう考えればこちらも特に悪い気はしない。


 人や物事を前向きに捉えながら、大抵のことは笑って許す包容力。


 されるがままに見えながら、ヨリは一組のクラスメイトから広く愛されていた。

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