妖精たちが夏を刺激する(後編)

          ☆    †    ♪    ∞


【ブラックアウト】


 サマーラグーンには大小合わせて八種類のウォータースライダーが存在するが、その中においてブラックアウトは目玉スライダーのひとつとされている。

 チューブ型スライダーで全高四〇メートル、全長二〇〇メートル。

 チューブは全体の七割ほどが密閉、黒色であり、暗闇の中を滑走することになる。

 時折チューブが開放され外の景色が見れるエリアもあるが、高所であるため一層恐怖と興奮をあおる。


「アーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「ギャーーーーーーーーーーーーーー!!」

「暗いな! 何も見えんぞ!」

「現代社会の闇!」

「光か! 外か!」

「あれは導きの光じゃ!」

「あはははははははははは!」


 二人乗りのゴムボートでリアクションもたっぷりにスライダーを楽しんだアマネとマユナ。


 一方、ランセとコマリは、


 二人とも始終無言だった。


 無言のまま二〇〇メートルを滑りきった。


「ランセちゃん! どうだった!?」


 ゴムボートから降りたランセに声をかけるマユナ。


 ランセはいつもの無表情で、


「――――――――ちょっと怖かった」


 ポツリと一言だけ漏らしていた。


 コマリは相変わらずだった。




【フロートアイランド】


 プールを横断するように配置された数々の浮島を、途中で落ちずに渡りきれるか……というアトラクション。

 頭上には補助としてクライミングネットが張られているが、浮島は正確に重心を捉えなければ即座に転覆するほど安定とは程遠い代物。


 見た目は単純であるが、侮れない難易度であった。


「勝負だユアナ! この浮島を先に全て渡りきった方がかわいい!」


 ビシィ! とユアナを指差し宣戦布告するアマネ。

 ユアナとマユナには浮島を渡りきることとかわいさの相関性が全く解らなかったが、アマネは戦意充分だった。


 ランセはどうせアマネが一個目の浮島からすぐ落ちるとぼんやり予見していた。


「行くぞ!」


 ネットをつかみながら、たし、と最初の浮島に足を乗せるアマネ。

 確かに重心は捉えていたが――


「あっ」


 濡れていた浮島に足を滑らせ、どぼんとあっさり水没した。


 予想通りの事態に、ランセは特に驚きもしなかった。


 マユナはゴリラ顔をしながら、浮島に一切乗らずクライミングネットを利用して腕力だけでアトラクションを制覇した。




【温水ジャグジー】


 その名の通り、他のプールと違い温水のジャグジー。

 どちらかといえば子供より大人向けの休憩スポットである。


 ランセとコマリは二人でそこに浸かっていた。


 コマリはともかく、ほとんど着衣のランセは気泡の心地良い刺激をさほど感じられないはずだが――いつもの無表情も、心なしかわずかに緩んでいた。


「あれっ、ランセちゃんとコマリンまだジャグジってたの?」


 最初はジャグジーに入ったが、割と早く飽きて別のアトラクションを回ってきたマユナ。

 戻ってきてみたらまだジャグジーに浸かっているランセとコマリが意外だった。


「……ずっとここにいたい」

「なんかランセちゃんの心がしわしわになってる!」


 疲れが取れるどころか、人生で蓄積された疲れがにじみ出ていたランセだった。




【アラウンド・ザ・ワールド】


 サマーラグーンの屋外プールの目玉のひとつ。

 全長六五〇メートルにも及ぶ長大な流れるプールであり、浮き輪に乗って流れに身を任せればさながら小旅行――という売り文句の人気アトラクションである。


「見よ! 我が新たな臣下を!」


 自分の背丈よりも大きなサメのフロートを頭上に掲げ、満面の笑みを浮かべるアマネ。


 全長二メートル。子供二人くらいなら乗せられそうな大型フロート。

 モチーフはサメとやや物騒だが、一応子供向けなのかそれなりにかわいらしくデフォルメされている。

 アマネがこの時のために用意していた私物。空気はマユナが頑張って入れた。


「名をすぴるばーぐという」


 ふんす、と小さな胸を反らすアマネ。

 ランセは冷めた目で見ていたが、ユアナはすぴるばーぐに羨望の眼差しを向けていた。


「……ふふん。すぴるばーぐは私の臣下モノだ。お前には貸さんぞ」


 ユアナの視線に気づいたのか、意地の悪い笑みを浮かべるアマネ。

 それを受けて、しょぼ……とユアナの目からわずかに光が失われる。


 しかし、


《――アマネ様。それはちょっとユアナちゃんがかわいそうでジョーズ》


 すぴるばーぐが喋った。明らかにマユナのアテレコだったが。


《せっかくみんなで遊びに来たんだし、ここはアマネ様の器の大きさを見せるという意味でも、ユアナちゃんと二人で仲良くボクの背中に乗ってほしいでジョーズ》

「ふむ……お前がそこまで言うなら……」


 すぴるばーぐの具申に思案をめぐらせるアマネ。


「……仕方ない。ちょっとだけだぞ?」


 特に長考するまでもなく、あっさり許可が下りた。


 ランセから見たら茶番に過ぎなかったが――


「――はい! ありがとうございますっ!」


 目を輝かせながら、素直に礼を述べるユアナ。

 一方マユナは「二人ともいい子じゃのう」と祖母みたいな面持ちになっていた。


 その後、アマネとユアナは割と仲良くすぴるばーぐに乗って流れるプールを楽しんでいた。


          ☆    †    ♪    ∞


[同日]

  [午後四時四六分]

            [東京サマーラグーン エントランス]


 アマネは真っ白に燃え尽きていた。

 幸せそうな顔ではあったが、遺体と見紛うほど力尽きていた。


「………………」


 そんなアマネを、コマリは無言でおぶっていた。


 開幕から全力ではしゃいでいたが、午後四時を過ぎたあたりでついに体力が切れたアマネ。

 それを受けてマユナは帰り道の時間を考慮してキリが良いと判断し、サマーラグーンを退園する運びとなった。


「おっ、コマリンがお姉ちゃんしてるネ!」

「遠見。重かったらその辺に置いてきてもいいからな」


 アマネを背負うコマリの姿が微笑ましく映るマユナに対して、ランセはどこまでも辛辣だった。


 力尽きたアマネにしばし視線をやるユアナ。

 それに気付いたマユナは、ふと声をかけた。


「……ユアナ? どしたの?」

「え? ぁっ、その、なんでも、ない……」


 すこし返答を詰まらせたユアナの心情を、マユナは見逃さなかった。

 ユアナの「なんでもない」は、大抵「なにかある」のをマユナは良く知っている。


「……お姉ちゃんに隠し事はできないということを忘れたかユアナ~! コッチヲ見ロォ~!」


 下卑た笑みを浮かべながらユアナの目を覗き込むマユナ。

 ユアナの目を見れば何を考えているかだいたい解る――という特技。

 ランセには秘密を無理にでも暴こうとする悪党にしか見えなかった。


「――ははーん。そんなことならお安い御用ウホ。ほら、おいで」


 その秘められた想いを察したのか、マユナはユアナに背を向けてしゃがんだ。


「…………っ」


 頬を赤くするユアナだったが、そっとその背にしがみついてマユナに背負われる形となった。


「……荷物、持ちづらいだろ。オレが預かる」

「おっ、ありがとーランセちゃん。それじゃ……行こっか」


 ランセに自分の荷物を持ってもらい、歩き出す三人。


 陽は沈み始めていたが外はまだ明るく、茜色に染まっていた。


「今日はたくさん遊んだねー」

「……ある意味剣の稽古より疲れた気がする」

「えー? ランセちゃんだいたいジャグジーとか温泉の洞窟とかでまったりしてなかった?」

「いいだろ別に。気持ち良かったし」

「ランセちゃん、お風呂好きだもんね」


 ケタケタと笑うマユナに、視線を合わせないランセ。


「……お姉ちゃん、アマネちゃんから遊びに行こうって誘われたのすっごく嬉しかった」

「……そうか。良かったな」

「それと同じくらいね、ランセちゃんが付き合ってくれたのも……すっごく、嬉しかったの」


 ほんのすこしだけ――マユナを横目で捉えるランセ。


 マユナは無邪気に微笑んでいた。


「ほら、中学校の時は……ランセちゃんを遊びに誘うの、迷惑かなーって考えちゃって……誘えなかったんだけどさ」

「……そうか」

「でもほら、最近のランセちゃんはさ、色々付き合ってくれるようになったじゃない?」

「……ユアナがいるしな」

「まーまー……そうだとしてもさ。お姉ちゃん、ランセちゃんとちょっと遠いトコロに遊びに行けたらいいなーって……前から思ってたの」


 言って、マユナがランセの方に向き直る。


「――やっと、叶ったよ」


 茜色に染まったその笑顔は、夕陽のように優しかった。


「……良かったな」


 それすらも眩しかったか、すぐにマユナから視線を外すランセ。


「あ、そーだ! 今度はみんなで旅行とかどうかな! そんな遠くなくてもいいからさ……草津とか鬼怒川とか!」

「……気が向いたらな」


 新たな計画に胸を踊らせるマユナに、ランセは別段盛り上がることはなかったが――その言葉に、拒否の色はほとんど無い。


 ――その日の夕暮れは特に長く、五人の帰り道はずっと明るかった。

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