妖精たちが夏を刺激する(前編)

          ☆    †    ♪    ∞


                [二〇××年 某月某日]

            [午前一〇時二一分]

          [東京都 あきる野市 東京サマーラグーン]


 天気は快晴。されど気温は三六度。

 燦々さんさんと降り注ぐ太陽光は人肌を焼き、体力と気力を奪い続ける。

 実際対策を講じなければ熱中症や脱水症で死者すら出る酷暑。それは自然が産んだ呪いか、あるいは地球が人類に課した試練のようだった。


 そんな中、広大なプールを有する東京サマーラグーンはまさにオアシスと呼ぶにふさわしい場所であった。


 平日ではあるが学生や家族連れなど利用客は多く、各プールやアトラクションには人と歓声があふれている。


 ――そのオアシスに、五人の少女達が足を踏み入れた。


「ここか! 地上の楽園は!」


 ドバァーン! という爆発音が似合いそうな、堂々たる仁王立ちを決めるアマネ。

 明るいオレンジのセパレート水着をまとう肢体は、ようやく一〇代に達した少女のもの……だが、わずかなふくらみがある胸やゆるやかなラインでくびれた腰、子鹿のような細いながらも肉付きの良い脚は開きはじめたつぼみを連想させる。


「………………」


 妙にテンションが高いアマネに対して、コマリはいつも通りだった。

 背丈はアマネより一回り大きい程度、であるにもかかわらず白のホルターネックに包まれた豊満な胸は不自然かつアンバランス。

 それはたとえいびつであっても、美しくないわけではない。

 少女と呼ぶにはあまりにも早熟で蠱惑こわく的な体つきは、アマネ以上に男性客の視線を引き付けていた。


「今日はまた……暑いな……」


 容赦ない日光に顔をしかめるランセは、むしろ普段よりテンションが低めだった。

 個人的な事情によりラッシュガードを着用し、ほとんど露出はしていないランセだったが鍛錬の結晶たる長い美脚とシャープなおもてはコマリとは反対に女性客の注目を集めている。

 今回はプールで遊ぶということでいつもの眼帯はしていないが、アマネが用意した特殊なウィッグにより前髪の量がすこし増えており、自然に右目を隠していた。


「おねぇちゃん、こっちこっち」

「おぉう……きょ、今日のユアナはアグレッシブだねぇ……」


 ユアナに手を引かれながら、マユナはどこか恥ずかしそうに背を丸くしていた。

 ユアナの水着は鮮やかなパウダーブルーのワンピース。

 一説によれば、ワンピースはボディラインが如実に出るため細身にしか似合わない――と言われている。

 であれば、アマネよりもわずかに細く、人形のように華奢きゃしゃなユアナに合わない道理はない。

 その上、前面はワンピースだが背面はビキニ並に大きく背中が開いており、かわいらしさと大胆さを見事に両立していた。


 マユナはやや小さめのTシャツにデニムのショートパンツ。

 見た目だけなら普通……だが、その下に着ているものが原因でマユナの背を丸くさせていた。


 先日、アマネ達と水着を買いに行った際にアマネから強引に買い与えられたのが――ブラジリアンビキニ。


 布面積が小さめの、大胆な水着である。


 さすがにそれを着て人前に出ようものなら悶死してしまう――と、マユナはアマネ達に対して号泣ムーンサルト土下座を決めた。


 交渉の結果、譲歩案としてマユナはブラジリアンビキニの上にTシャツとショートパンツを重ね着することを許されたのであった。


 それで辛うじて悶死はまぬがれたマユナだったが、大分恥ずかしい水着を着ているという事実は動かしようがない。

 マユナ自身はコマリ以上に魅惑的なボディラインをしており、その気になれば金銭すら稼げるルックスではある。しかしその性分は照れ屋かつ自己評価も低く、アマネのように己の肢体を誇るどころか恥辱も相まって普段よりも背丈が一回りほど小さくなっているように見えた。


 自分以外の四人の顔を見回すアマネ。


 せっかく遊びに来たというのに、誰もあまり乗り気ではない――アマネにはそう見えた。

 唯一、ユアナだけは普段よりテンションが上っていたがアマネはそれに気付かなかった。


「お前達! それがこれから全霊をもって遊ぼうという者の姿勢か!? 脳が切り替わっていないではないか!」


 ぷんすかと憤慨ふんがいするアマネに、ひかえめに挙手するマユナ。


「……そういうアマネちゃんは、ずいぶんテンション高いね」

「それはそうだろう。いいかマユナ。今日の私は――――――――――――――――――――はしゃぎたい気分だっ!!」


 かなりの溜めを作ってから渾身のドヤ顔を炸裂させるアマネ。

 ランセとマユナは口には出さなかったものの、『小学生っぽい……』と二人して同じ感想を抱いた。

 そも、今回はアマネ主導のイベントである。ユアナはアマネの気持ちが解るのかコクコクと小さくうなずいていた。


「よし……まずはお前達の士気を上げる! 付いて来い!」


 他の四人を先導するかのように歩きだすアマネ。

 ランセとマユナは『なにするんだろう……』と怪訝けげん顔だったが、ユアナは期待に目を輝かせていた。


 コマリはいつも通りだった。


          ☆    †    ♪    ∞


「まずは水分補給だ! 水遊びといえど水中でも人体は発汗する! 最悪水中でも熱中症になるからな!」


 園内の大型ドーム――『ラグーンドーム』に移動した五人は、アマネの指示によってまず購買でミニペットボトルの麦茶を購入。それぞれ飲み干した。


「次は柔軟だ! 本当は入念な準備運動が好ましいが人目につくのが恥ずかしいというなら無理強いはせん! だが最低限手足はほぐしておけ!」


 ぷらぷらと手首や足を振ってすこしでも体をほぐすアマネ。

 四人もそれに従って数回屈伸したりアキレス腱を伸ばしたり、思いつく範囲で柔軟する。


「……水分補給とか柔軟とか、アマネちゃんしっかりしてるね」


 すぐにでもプールに突撃するのかと思っていたマユナは、やや意外そうにアマネに声をかけた。


「楽しい遊びとは安全の上にこそ成り立つ。当事者も部外者も平穏無事であること。誰も傷つかないことが第一だ」


 ふんす、と腕を組みながら答えるアマネに、「おおー」と感心しながら小さく拍手するマユナ。

 ランセもアマネの言葉に珍しく感心したが、その直後に感心したことがすこし悔しくなった。


「――そして! 準備が整ったならば!」


 早足でアマネが向かったのは、ラグーンドームの中心部にして目玉となる巨大プール『センタービーチ』

 遠浅の浜辺を模したプールで、砂浜は無いが定期的に波が発生する。

 家族連れの客が多かったが、アマネの考える士気高揚に必要なスペースは充分にあった。


「――っはぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 気勢を乗せた叫びとともに、プールへと全力疾走するアマネ。

 水深が深くなるまで走り込み、最後には自身を思い切り投げ出した。


 体は元より、心も完全に小学生。


 普段のアマネでは考えられない子供ムーブだった。


「おおーーー! なんと心地良い! お前達も続け!」


 笑顔で手を振るアマネにランセは「えぇ……?」と眉根を寄せた。

 まだ一〇代とはいえ、もう高校生ともなれば成年の手前である。

 そこまで盛大にはしゃぐのも気恥ずかしい――と思った矢先。


 ――次の瞬間、マユナが弾丸のごとく駆け出した。


「――キィィェアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 示現流剣士も感心するレベルの猿叫えんきょう

 子供というか狂人と紙一重。

 完全にアマネに触発され、闘志が天を翔けた。


「暑い欲望はトルネイドっ!!」


 叫びながらキリモミ回転しながらプールに身を投げるマユナ。

 どばしゃっっっ、と大きい水しぶきが上がった。


「「――あははははははははは!」」


 二人して笑い合うアマネとマユナ。


 アマネに続き、マユナも完全にスイッチが入った。


(……やらなきゃダメなのか……?)


 何かに追い詰められた気分になるランセ。


 しかし、ユアナならそうはならないだろう……と一縷いちるの期待を込めてユアナに視線を送るも、その願いはすぐに砕けることとなる。


 ――ユアナも駆け出した。


 叫んだりもせず、走る速度もひかえめではあったが――その行動に迷いはない。


 それもそのはず。外見だけが小学生のアマネと違って、ユアナは本物の小学生である。

 歳の割には家庭的でしっかりしているものの、どちらかといえば勉強より遊ぶ方が好きな普通の子。


 スイッチはすでに入っていた。


 ばしゃー、とプールに身を投げ出し、アマネとマユナに迎え入れられるユアナ。


「っ……ランセさ~ん!」


 笑顔でランセに向かって手を振るユアナ。


 ユアナとの付き合いは短くないランセでも、初めて見るほどの弾けるような笑顔。


 年相応の無垢な笑顔は――マユナによく似ていた。


「…………っ」


 完全に触発されたわけではない。


 しかし、きっかけにはなった。


 駆け出すランセ。

 全力ではなかったが、何かに背を押されるように。

 そのまま身を投げ出し、水にすべてを委ねた。


 火照った肌と血が冷める。

 心音が静かになる。

 体と意識が浮遊する。


 ざぱ、と顔を上げて――そこでようやく、ランセも実感した。


 ほんのすこしだけ、非日常に足を踏み入れたことを。


「うむ! どうだランセ! 気持ちいいだろう!」


 目を輝かせるアマネ。

 普段のランセならけんもほろろに「黙ってろチビスケ」などと突き放す所だが――


「ん………………まぁ、な」


 ――それは夏のせいか、それともプールのせいか。


 普段よりも、素直になっていたランセだった。




 最後に残ったものの、別に駆け出したりせずそのまま普通に歩いてざぶざぶと入水するコマリ。


 いつも通りだったが、それを咎める者は誰もいなかった。

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