出陣準備

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

  [午後二時七分]

       [豊島区 Ai-Paradiseルミネ池袋店]


「マユナ! これはどうだ!?」

「あーっ! とても良くお似合いでございますゥー!」


 様々な水着を手に取りながらキャッキャとはしゃぐアマネとマユナ。

 それを光のない瞳で見つめるコマリに、ランセとユアナは別のコーナーで水着を見ていた。


 ――事の発端は数日前。アマネからマユナに一本の電話がかかった。


『東京サマーラグーンに行きたい』――という、突然の申し出。


 東京サマーラグーン。都内にあるレジャーランドの一つで、特に屋内外を問わず広大かつ豊富なプールを備えているのが大きな特徴である。

 夏期における定番/人気スポットであり、マユナも過去に一度行ったことがあるが――まさかアマネから誘われるとは思っていなかった。


 二つ返事でそれに乗り、かつランセとユアナも連れていきたいと提案するマユナ。

 宿敵であるユアナの参加はアマネも多少渋りはしたものの、「……まぁ人数は多いほうが楽しいか」とその提案を採用。


 そうと決まれば、欠かせないのは――水着。


 せっかくだから、ということでマユナは全員で水着を買いに行こうとアマネ達を連れて池袋にある水着専門店に訪れていたのだった。


「うーむ……どれもかわいいはかわいいが、もうすこし攻めた水着はないものか……」


 両手に水着を取って、二着を見比べながら眉根を寄せるアマネ。


「……アマネちゃん。ちっちゃい子の水着でそんなカゲキなものは売ってないと思うよ」

「……いっそのこと全裸でもいい気が」

「それ以上いけない」


 恐ろしいことを口走りかけたアマネを、マユナは即座に止めた。

 星人の常識は時として地球人の非常識になりえる。

 いくらアマネが己の容貌ようぼうに自信があるといっても、限度と節度は守らねばならない――マユナの判断は冷静だった。


「えーと……それならほら、このチューブトップとかどうでしょうか! この明るめのオレンジ色がアマネちゃんの気分もアゲアゲにしてくれること間違いなしですぞ!」


 マユナが手に取ったのはセパレートタイプの水着。

 子供向けの水着としては常識の限界に近い露出がある、アマネの希望に可能な限り沿った選択だった。


「……うむ。ならばこれにしよう」


 ゆえにアマネもほぼ即決であったが――マユナは内心で下卑た笑みを浮かべた。


 限度と節度は守るが、その限界まで攻める。


 ユアナが着てくれなさそうな、比較的派手な水着をアマネに着せることに成功したのであった。


「コマリンもおいで。お姉ちゃんが水着選んであげる」

「………………」


 マユナに手招きされ、すたすたと歩み寄るコマリ。


「コマリンの水着はどーしよっかなー。なにを着せてもえっちなカンジになりそうだし、それならそうと割り切っちゃった方がいいかなー」


 水着を手に取ってはコマリにかざして、マユナは水着姿のイメージを膨らませる。

 いくつか選んだ後、マユナの手がピタリと止まった。


「……おっ、これとかいいんじゃないでしょうか!」


 マユナが選んだのは、セパレートタイプ――上下白のノンワイヤーホルターネック。

 肩紐を首にかけるタイプの水着で、通常のビキニよりもうすこし上方に胸を引き上げるためバストアップ効果も期待できる。


「うむ。いいではないか」

「でしょー。一応後で試着した方がいいと思うけど、コマリンにピッタリだと思いやすぜゲヒヒ」


 アマネの反応も上々。マユナは素で下卑た笑みを浮かべた。


 自分ではまず着ないようなセクシーな水着を、コマリに着せることに成功したのであった。


「ランセちゃんとユアナは? いいのあった?」


 アマネとコマリからすこし離れたコーナーにいたランセとユアナに声をかけるマユナ。

 二人はそろって微妙な顔をしていた。


「んー……いや、肌を見せなきゃなんでもいいかなって……」

「わ、わたしも……そういうのでいいかなって……」


 アマネと違って己を着飾るということにあまり興味がない二人が、水着などまともに選べるわけがなかった。


「……なんかもう学校の水着でもいい気がしてきた」

「ダメダヨー! せっかくみんなで水着買いに来たんだからさー! っていうかランセちゃんがお出かけに付き合ってくれるコト自体快挙なんだしさー! お姉ちゃんが水着選んであげるから楽しもうぜ!」

「いや……ユアナがいるだけで充分楽しいし」

「正直か!」


 水着など二の次であることをぶっちゃけたに等しいランセに、すこしだけ泣くマユナ。


「まーランセちゃんがお肌を見せたくないっていう事情はお姉ちゃんも理解してますので、それを踏まえると……えーと、スポーツタイプのヤツにラッシュガード……こんなんでどうでしょう」


 マユナが手に取ったのは、上下黒のセパレート――ランニングブラとスパッツのスポーティな水着。どちらかといえば水着より陸上競技用ウェアといったおもむきがある。

 加えてライトグレーのフード付きラッシュガード。ランセの中性的な魅力を底上げしつつ、素肌も隠蔽いんぺいできる。


「んー……じゃあ、それでいいか」


 自分から見て変な水着でもなかったので、マユナが選んだもので決めるランセ。

 しかしマユナは内心で下卑た笑みを浮かべた。


 組み合わせとしては学校指定の水着とあまり変わりないのだが、明確に違うのがボトムス。

 学校の水着はハーフパンツ。マユナが選んだのはスパッツ――ハーフパンツよりもくっきりとヒップラインが出るものである。


 過度に性的、というわけではないが学校の水着より多少は色気が出る水着をランセに着せることに成功したのであった。


「ユアナは……ワンピースにしよっか。ほら、これとかもう直球でかわいい!」

「ユアナはなにを着てもかわいい」

「はいはいランセちゃんステイね! ステイ!」


 強引に主張をねじ込むランセを押しのけながら、マユナは手に取った水着をユアナに見せた。


 鮮やかなパウダーブルーのワンピース。肩紐には白いレースのフリルが付いた、マユナの言葉通り直球、あるいは王道とも言える水着。


「……おねぇちゃん、それがいいの?」

「えっ、あ、うんうんユアナにはこれが似合うと思って!」

「なら……それにする……」


 すこしだけ恥ずかしそうに、マユナが選んだ水着で決めるユアナ。


 マユナは内心で下卑た笑みを浮かべ――ユアナも、マユナに下心があることになんとなく気付いていた。


 マユナが選んだ水着は、厳密にはワンピースではない。


 正確にはモノキニと呼ばれる水着である。


 モノキニとは正面から見ればワンピースだが、背面から見るとビキニを着ているかのように背中の露出面が広いという特徴がある。


 マユナが選んだ水着が実はモノキニだったとこの時点のユアナが見抜いていたわけではない――が、漠然と「見た目よりちょっと派手な水着なんだろうな」という予感はあった。


 それでもその水着に決めたのは、マユナが選んでくれたから。


 その水着でマユナが喜んでくれるのなら――という、純粋な姉への想いがすこしだけユアナに勇気をもたらした。


 そんなユアナの想いには気付かず、ほとんど自分の趣味を炸裂させていただけのマユナは満面の笑みを浮かべていた。


「いやーみんなにピッタリな水着が見つかってよかったネ! お姉ちゃんサマーラグーンに行くのが楽しみすぎて三日三晩眠れなさそう!」

「うむ。そういえばマユナはどの水着にするか決めたのか? 先程から私達ばかり構っているが」


 ふと、マユナに疑問を投げかけるアマネ。


 対してマユナは平然と、


「あー、お姉ちゃんのことは気にしないでください。当日は学校の水着でも着ていきますゆえ」


 地雷を踏み抜いた。


 皆でマラソンを走り出したところで一人だけ直帰して自宅でだらけるかのような反逆背信行為。


 回答としては文句なしのれい点。


 アマネとランセは「なに言ってんだコイツ」とばかりに目の色を変え、ユアナはひどく落胆した。コマリはいつも通りだった。


「……コマリ。マユナを拘束しろ」


 アマネの勅命を受け、背後からがっしとマユナを抱きしめて両腕を封じるコマリ。


「あれっ? ちょ、コマリン? アマネちゃん?」

「喜べマユナ。お前の水着は私が選んでやる。代金も気にしなくていい。全額私が出そう」

「んんんんんんん!? 資本主義の暴力かな!?」


 ぎちぃ、と亀裂のような嗤笑ししょうを浮かべるアマネに、マユナの背骨が凍りつく。

 強引に水着を買い与えることによって選択肢を狭める、マユナの良心に付け入る強硬策だった。


「……もうヒモとかでいいんじゃないか」

「ははーんさては熱中症だね!? お姉ちゃんの未来を案じるならもうすこしマジメに選んでほしい!」


 もはやなにかの間違いで捕まりそうな紐のような水着――スリングショットを見て、ポツリとつぶやくランセ。

 マユナにとっては呪いの装備という認識である。


「………………」


 そしてユアナは本気なのか冗談のつもりなのか、セーラー服を模したコスプレじみた水着を持ってくる。どこか期待したような目で。


「――ユアナさん勘弁してください!!」


 号泣しながらユアナに許しを請うマユナ。


 自分を棚に上げ損ねた、反逆者の哀しき末路だった。

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