対抗意識
☆ † ♪ ∞
[二〇××年 某月某日]
[午後五時一七分]
[津雲市 ビオス
マユナとユアナは夕飯の食材を買うために、スーパーマーケット『ビオス』を訪れていた。
その日の最高気温は三〇度超え。二人とも夏服である。
いつもなら必要なものだけを買ってすぐに終わる買い出しだが――
「あれ――アマネちゃん?」
鮮魚コーナーで刺身用サーモンのパックを手に取ったところで、見知った顔に気付くマユナ。
アマネとコマリも、同じく『ビオス』で夕飯の食材を買いに来ていたのだった。
「む……マユナと………………ユアナか……!」
ユアナの姿を見るなり身構えるアマネ。宿敵を見つけたかのごとく、思考と姿勢が即座に臨戦へと切り替わる。
しかしマユナはそれを意にも介さず、
「うぇーーー!? ちょっとちょっとアマネちゃんコレはいけませんぞ! そんなかわいやらしいカッコ、たとえ神が許さなくてもお姉ちゃん許しちゃう!」
あまり見ることのないアマネの夏服姿を早速スマートフォンで撮影していた。
赤い髪は左右の二つ結び――お団子にまとめて涼しげに。
上は丈が短く、細いウエストをあらわにしたキャミソールに、下もまた丈が短いショートパンツ。
服よりも素肌の面積が多く水着と大差ない、法律という綱の上を駆け抜けるような攻撃的服装だった。
「……かわいいか?」
「かわいや――かわいい!」
「うむ。当然だろう」
マユナに肯定されて機嫌が良くなったのか、ドヤ顔をしながら臨戦態勢を解くアマネ。
「それにしても奇遇だな。お前達も夕食の買い出しか?」
「そだよー。アマネちゃんとコマリンは? 今日何食べるの?」
挨拶代わりにコマリの髪をなでながら、マユナはアマネに聞き返した。アマネは「よくぞ聞いた」と言わんばかりに小さな胸を反らす。
「うむ。今日の夕食はな……カレーだ!」
「……おっ、いいねー」
「――今お前、『暑いのにわざわざカレー?』などと思っただろう」
「……うん。ちらっと思った」
わずかに
アマネの洞察力が高いからこその読心でもあるが、それ以前にマユナは顔に出てしまう質であった。
「ただのカレーではないぞ。今日は……海鮮入りだ!」
くわっ、と集中線が入りそうなほどアマネは言葉と表情に力を込める。
その視線の先は――ユアナ。
ユアナに向けての牽制射。言わば夕食マウント。
しかし当のユアナはアマネの仕掛けにまったく気付かない。単なる夕食の話としか思っていなかった。
「さて――ではお前達の手番だ。聞かせてもらおうか。今晩の夕食を」
しかし乙海姉妹に怯む様子はない。
それが攻撃だと理解すらしていない。
「え、えっと……今日は豚肉と高菜の冷製パスタを作るつもりで……」
「あとねー、パパがサーモンと玉ねぎのカルパッチョを作るからって、それで買い出しに来たのだ」
軽やかで涼しげで洒落た夕食の壁が、
アマネだけにはそう見えた。
「ぐはっ……!?」
「……なんでダメージ受けてるの?」
いきなりよろけるアマネに、どこでダメージを受けたのかさっぱり解らないマユナ。
「う、美味そうな夕食ではないか……だがっ……まだカレーが敗れた訳ではない……っ!」
「あ、あの……アマネさん……」
もう満身創痍となっていたアマネに、なにかを察したのかユアナが歩み寄る。
「その、おとうさんが言ってたんですけど……食べて満足できる料理に、上も下もないんだよ、って……だから、アマネさんがカレー好きなら……それでいいんじゃないでしょうか……」
――まばゆいばかりの閃光が、アマネの陣地を消し飛ばした。
戦いなど――最初から無かった。
「――――…………」
ごしゃ、と膝から崩れ落ちるアマネ。
表情は安らかであったが、燃え尽きていた。
「ア、アマネさん……?」
「んー、よくわかんないけど、悲しい戦いだったネ」
よくわからない勝負を仕掛けてよくわからないまま負けるくらいなら、アマネちゃんはもうユアナと仲良くなればいいのに――と、燃え尽きたアマネを見ながらそんな考えを抱くマユナ。
口に出さなかったのは、アマネの精神の自由を尊重してのことだった。
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