人間椅子

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

  [午後一時二七分]

              [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]


 昼休み。昼食を食べ終えたアマネはハトネの膝の上でアルフォート(チョコバナナ)を堪能していた。


「おやっ、今日のアマネちゃんはポッポに座りたい気分?」

「うむ」


 マユナに声をかけられ、アルフォートを食べながら満足そうにうなずくアマネ。

 完全に小学生、あるいはおとぎ話にでも出てきそうなワガママな姫君の顔だった。


「……雉本きじもと。嫌だったらちゃんと言わないと、そいつは甘やかした分だけつけ上がるぞ」


 さも当然のごとくハトネに甘えているアマネが気に入らないのか、ハトネをややたしなめるランセ。


「あー、私は別にそこまで迷惑してないっていうか……こうなったアマネちゃんってさわり放題なで放題だし、ギブアンドテイクってヤツ?」


 言いながら、愛玩動物をでるかのようにアマネの髪を優しくなでるハトネ。その顔に嫌悪の色は一切ない。


 当のアマネもハトネに触られているのをまったく嫌がっていないので、まさに持ちつ持たれつ、Win‐Winであった。


「……そういえば、アマネちゃんさ」

「む? なんだ」

「私と乙海いつみ、どっちが座り心地いい?」


 ふとしたハトネの問いに、アマネは「ふむ」と小さくうなずいた。


「ハトネは背が高くて腰掛けた時に安定感があって中々心地良いが……こと心地良さに限ればマユナだな。なんといってもふかふか具合がいい」


 正直に言ってのけるアマネに対し、ハトネは気落ちはしなかったものの――すこし意地の悪そうな、小悪魔のような視線をマユナに向けた。


「……乙海はふかふかしてて気持ちいいってさ」

「な、なんだよぅ……」

「……それ、どうしたらそんな大きくなるの?」

「し、しらないよぅ……」


 豊かに実った胸にじっとりとした視線を向けられ、マユナは頬を赤くしながらハトネに背を向ける。


 ――そこで、マユナはもうひとつの視線に気付いた。


 教室の外、引き戸で己の身を隠しながらも、隠しきれないほどの劣情をはらんだ視線を送る一人の女子生徒。


 ――三年生・汐月しおつきコチョウがこちらを見ていた。


 正確には、コチョウが見ているのはハトネに座っているアマネただ一点のみ。


 マユナどころか、他の一年一組生徒もコチョウに気付いて「なんだあの人」と懐疑の目を向ける。


 ランセはコチョウが現れた時にはすでに音もなく教室を出ていた。


「……アマネちゃん。なんかコチョパイが椅子になりたそうにこちらを見ていらっしゃいますけど」

「――塩でも撒いておけ」


 マユナに短く一言だけ、しかし零度の返答をしたアマネは小学生から支配者の顔になっていた。

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