キャッチボール

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

                     [午後一時二〇分]

              [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]


「ヘイヘーイ」

「オーライオーライ」


 昼休み、教室の後方でマユナとジュリはキャッチボールに興じていた。


 しかし、互いにグローブどころかボールすら持っていない。


 あるのはただ、マユナとジュリに押しやられて二人の間を行ったり来たりしているジュンだけだった。


「……さっきからなにしてるんだお前ら」


 いつもの奇行をそれ以上見過ごせなくなったか、しびれを切らしてマユナ達に声をかけるランセ。


「キャッチボール!」

「……ボールは?」

「ヒダリー!」


 それだけ笑顔で答えて、マユナはぐい、とジュンの背中をジュリの方へと押し出す。


 自らがボールであると自覚しているのか、それとも実際のところはなにも理解していないのか、押し出されたジュンはいつも通りの笑顔でジュリに駆け寄る。


「ういーナイスボール」


 駆け寄ってきたジュンを受け止めるジュリ。


 ただそれの繰り返しであった。


「……これをキャッチボールと呼ぶには、誤解しか生みそうにないな」

「ランセちゃんもやる?」

「誰がやるか」


 やっぱりただの奇行だったと嘆息しながら、ランセはマユナの誘いを一蹴した。


「オイオイオーイ、ノリワリーぞランランよー!」

「キャッチャービビってるゥー!」


 乗ってこなかったランセをなぜか煽り倒すジュリとマユナだが、ランセは一切聞く耳持たない。


 互いに顔を見合わせるジュリとマユナ。

「やるか」「やっちゃいますか」とアイコンタクトだけで意思を疎通させる。


「――行くぞ! 魔球! カットファストヒダリー!!」

「わー」


 なにやら叫びながら、マユナは魔球を放った。


 それだけでなんとなく主旨を理解したのか、マユナに押し出されたジュンは笑顔でランセに駆け寄る。


 ランセは、駆け寄ってきたジュンの顔面――両の頬を片手一本でぐわしとつかんだ。

「付き合ってられるか」という無言の抵抗であった。


「へぎゅー」


 ぱたぱたともがくものの、腕の長さが違うせいでランセに抱きつけないジュン。


 魔球はあっさりと攻略された。


「にゃろー! 雑に止めやがった!」

「ミギー! 次はこのボールで行こう!」


 言って、マユナが連れてきたのはコマリ。

 当人の意思は関係なくボール扱いである。


「っしゃあ! 秘球! スプリットフィンガードファストコママル!」


 呪文めいた名前の秘球が放たれ――なかった。


 ジュリに背中を押されたものの、コマリはその背をすこし曲げただけでその場から一歩も動かない。


 秘球は不発に終わった。


「――ダメだ! ボールにもなりゃしねー!」

「その前に人をボール扱いするな」


 頭を抱えるジュリに、もっともな意見を容赦なく突き刺すランセ。


「どうすんだマユコ! もうボールがねーぞ!」

「えーとえーとそれなら……」


 教室を見回すマユナの目に止まったのは――ヨリ。


 マユナと目が合って、ヨリはすこしだけビクついた。


「「ボールになってくださいお願いします!!」」

「ど、どういうこと……?」

「本当にどういうことだお前ら」


 きっちり九〇度腰を曲げて深く頭を下げるマユナとジュリに困惑するヨリ。無茶苦茶なその申し出にランセも呆れかえった。


 結局、ランセとキャッチボールすることを諦めたマユナとジュリ。


 ランセの性格を考えればどう考えても無理筋であったが、マユナはふとある事に気付いた。


「……ランセちゃんさ」

「なんだよ」

「もしもさ、ユアナがボールだったら受け止める?」


 ジュンの背中を押し出しながら、なんとなくランセに問うマユナ。




「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん」

「ランセちゃんはその辺正直だよね」




 ランセとキャッチボールはできなかったが、その返答で満足したマユナだった。

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