世界レベルの技

          ☆    †    ♪    ∞


             [二〇××年 某月某日]

      [午後一三時一三分]

              [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]


「――コマリンの寝顔が見たい」

「唐突だな」


 早々に昼食を摂り終わり、机に突っ伏して食休みしていたマユナがまた突拍子もない事を言いだす。

 対するランセの反応は「またか」と言わんばかりに冷淡だった。


「よーし、いっちょコマリンを寝かしつけようかな」


 椅子から立ち上がり、軽く両手を振りながらなにやら「その道の達人」然とした雰囲気をかもし出すマユナ。


 マユナは己の欲望に忠実であり、やりたいと思ったことはすぐやってしまうたちである。

 その情動に平気で他人も巻き込んでしまうため、言ってしまえばワガママではあるのだが――その欲望はだいたい「かわいい子におやつをあげたい」とか「人肌恋しいからちょっとくっつきたい」とかささやかなものばかり。


 なので、マユナのワガママは周囲から不興を買うほどではなく、せいぜい「またなんかやってんな」と生温かい視線を向けられる程度で済んでいるのだった。


「アマネちゃん! ちょっとコマリンをお借りしたい!」

「む? いきなりどうした」


 コマリにブラシで髪をかされながら、食後のアルフォートを味わっていたアマネはマユナのいきなりの申し出にすこし目を丸くした。


「コマリンの寝顔が見たいので、寝かしつけようと思います」

「また唐突だなお前は………………………………いや、いいだろう。やってみせろ」


 ややげんなりとしつつも、ほんのすこし考えた結果それを許可するアマネ。


「……いいのかよ」

「うむ。言われてみると私はコマリの寝顔など見たことがないのでな。私はいつもコマリより早く就寝するし……起床はコマリより遅いのだ。コマリの寝顔が見たいかと問われると、見てみたくはある」

「……別に今じゃなくていいだろ」


 好奇心で目を輝かせるアマネに、ランセは溜息をついた。


「それに保育園に通うような幼児じゃあるまいし、そう簡単に寝かしつけるなんてできるのか?」

「……知らなかったのかいランセちゃん。お姉ちゃん、ちっちゃい子を甘やかすのと寝かしつけるのは世界レベルの腕前だということを!」

「狭そうな世界だし、自称だろ」


 ビシィ! とドヤ顔でポーズを決めるマユナに、ランセはいつも通り冷徹だった。


「いや……世界で競える腕前であるかどうかはさておき、実際マユナに抱きしめられるとなぜか睡魔に強襲されるのは事実だ。私も気を確かに持たないと一〇分保つかどうか……」

「ああ……そういえばお前、ゴリラに抱きしめられたまま寝てたことがあったな」

「うむ。マユナはなんというか、ふかふかしているからな。下手な寝具より寝心地が良いとさえ思える」

「んー……ホメられてるような、ディスられてるような」


 アマネの評価に微妙な顔をしつつも、マユナはコマリに向き直った。


「まーともかく、お姉ちゃんが誇る世界に通用する技をお見せしよう。はいコマリンちょっとおいで」


 先に自分の席に座り、ぴこぴことコマリを手招くマユナ。

 コマリは無表情のままアマネに視線を向けるが、アマネはただ無言で小さくうなずく。

 アマネの許可が下りたことを確認して、コマリはすたすたとマユナに近付いた。


「ささ、エンリョなく座りたまえ。お姉ちゃんが夢の世界に連れていってあげるからねゲヒヒ」

「オレだったらこの時点で座るの嫌だし、最悪殴りたいな」


 ういしょ、と自身に対してコマリの体勢を横に向けて、言わばお姫様抱っこ――に近い形でコマリを膝の上に座らせるマユナ。

 しかし小悪党のような下卑た笑いはランセから不評で余計だった。


「……はい。あとはコマリンが寝落ちするまで待ちます」

「どの辺が世界レベルなんだか全然ピンとこない」


 世界レベルの技を披露したマユナだったが、それに関してまったく腑に落ちないランセだった。




             [およそ一〇分後]




「――――…………」


 マユナの腕の中のコマリは、まだ目を開けたまま。

 傍目はためからは睡魔の影すら見えない。


「んー……なんかあんまり手応えないなー……」

「それはそうだろ」


 想定とは違う事態の推移にすこし眉をしかめるマユナに、ランセは「しってた」という風だった。




             [さらに一〇分後]




「――――…………」


 マユナがコマリを抱きかかえてからおよそ二〇分後。

 コマリはなおも目を開けたままだった。


「……もう無理だろ。これは」

「いや――待て」


 やはり寝かしつけるなんて無理――とランセは見切りをつけ始めていたが、そこでアマネが一歩進み出る。


 スマートフォン……のような端末をコマリに向けて、てしてしと画面をタッチして操作した。




「うむ……この脳波形は……完全に眠っているな」

「「えぇ…………?」」




 残念そうな顔で真実を告げるアマネに、同じく残念そうな顔になるマユナとランセ。


「……コマリン、目を開けたまま寝ちゃうんだ……」

「むしろそんなので本当に寝るとは思わなかった」


 検証の結果、コマリの寝顔は普段とほぼ変わりないことが解ってマユナは肩を落として落胆した。


「……ま、お姉ちゃんの寝かしつけがコマリンにも通用するのがわかったからいっか。ごめんコマリン、そろそろ起きよっか。ね?」


 ゆさゆさとコマリの身を軽く揺するマユナ。


 しかし――コマリは微動だにしない。


 無言でアマネを見るマユナ。


 アマネもまた、無言で首を横に振る。


「……どうしようランセちゃん。コマリン起きないし、強めに起こすのもなんかかわいそうだし、このままだとお姉ちゃん身動き取れないんですけども」


 泣きそうな顔をランセに向けるマユナだったが、


「……遠見を夢の世界に連れていった責任を最後まで全うするんだな」


 完全に他人事として、マユナに背を向けるランセ。


 マユナはゴリラ顔をするしかなかった。




 ――結局、寝かしつけた責任からなんとなくコマリを起こすことができなくなったマユナは、コマリを保健室のベッドに置くことにした。


 コマリは放課後の午後五時過ぎまで眠り、昼休み後の五~六限目を完全にサボってしまったが――すくなくともアマネはそれをとがめることはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る