ねこまっしぐら

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

[午後四時四一分]

[公立春日峰かすがみね高校 正門]


 放課後、ユアナがクッキーを焼くとのことでランセ、アマネ、コマリを自宅へと誘うマユナ。


 四人そろって下校しようとしたが、正門付近で小さな人だかりができているのを目にした。


 正門の植え込み。大きな桜の木の枝の上に――猫が一匹。


 オレンジの体毛に、黒い縞模様が入った雑種ミックス


 よく見てみると、その猫は小さな体を震わせていた。


「……ほーん。なんかテンションが上がって木登りしてみたけど降りられなくなっちゃったのかな?」


 猫の様相からある程度の事情を察するマユナ。


 だいたい正解であった。


 枝の高さは地上から三メートルほど。人間でも気軽に飛び降りられる高さではない。

 猫であればおよそ七メートルの高さから飛び降りても無事で済むとされているが、猫も十猫十色じゅうねこといろである。三メートルでも飛び降りられない猫がいてもおかしくはない。


 マユナが猫を見守っている他の生徒に今までの経緯を聞いたところ、木に登って直接助けようとした生徒もいたものの、猫が恐慌状態にあるのか生徒の手を引っ掻いたり噛みついたりと触れもしなかったという。


「お前、助けてやれないのか?」

「いやー……木登りだけならワケないけど、なんでかお姉ちゃんは動物にものっそい嫌われるタチでして……ネコさんがこの手を取ってくれるとは思えないっすわ。ランセちゃんは?」

「……オレも動物には避けられる方だ」


 互いにため息を吐くマユナとランセ。


「うむ。ならば私に任せろ」


 妙案でもあるのか、自信に満ちた面持ちで桜の木に近づくアマネ。


 枝の上の猫と自分の視線を合わせ――


「――飛び降りろ」


 ――威圧。


『今すぐ飛び降りなければ殺す』という明確な副音声が聞こえそうな、指向性を持たせた殺意の直接放射。


 それを向けられていないランセとマユナでさえも、余波だけで肌がひりつくほど。


 猫は目に見えるほどガタガタと大きくその身を震わせた。


「むう……ダメか」

「ダメに決まってるだろ。お前後であの猫に謝れ」


 飛び降りるか、死ぬか、どちらかを選べという絶望的な二択を突きつけた罪は重いとして、アマネに謝罪を要求するランセ。


「うーんそれなら……そうだ! お姉ちゃんひらめいたぜ!」


 ぴこーん、と頭上で豆電球が点灯したかのようにマユナは表情を明るくした。


「――もしもしツバキン? ちょっとお願いがあるんじゃが!」


 携帯電話で誰かと通話しながら、善は急げと駆けていくマユナ。


 その背を見送るランセは『どうせロクでもない案だろうな』と、ほとんど期待していなかった。




 ――数分後。


「チェーーーンジコマニャンフォーーーム! はいかわいい!」


 マユナが持ってきた猫耳、肉球グローブ/ブーツ、猫尻尾によって、コマリは猫と化していた。


 マユナは元より、その場にいた何人かの女子生徒がコマリを携帯電話で撮影する。


「……お前、こんなのどこから持ってきた」

「演劇部からちょっと貸してもらった!」

「……それで、遠見を猫にしてどうするつもりだ」

「コマリンをコマニャンにしたらそりゃもうネコさんも飛び降りてくるでしょ! 誰だってそーする! お姉ちゃんもそーする!」

「遠見で遊ぶな」

「ウボァーーーーーーーーーーーーーー!!」


 やっぱりロクでもなかったので、ランセはマユナの頬をぎゅむむとつねり上げた。


「いやでも絶対イケるってコレ! はいコマリン。ここに立って、こう腕を伸ばして。そうそう。はいはいアマネちゃんは後で猫耳付けてあげるからステイステイ」


 コマリから猫耳を奪おうとするアマネを手でブロックしながら、コマリに立ち位置を指示して受け入れ態勢を取らせるマユナ。


「………………」


 両腕を揃えてすこしだけ前に構え、コマリは腕と胸で猫を受け止める姿勢となった。


 マユナをふくめ、他の生徒も固唾をのんで猫とコマリを見守る中、ランセとアマネは懐疑の念が晴れない。


「……無理だろ」

「うむ……猫とはいえそこまで単純では――」




 アマネが言いかけたその瞬間、


 猫が飛んだ。


 コマリの胸めがけて。




 ぽす、と軽く猫を受け止めるコマリ。


 猫は無傷。無事に死地から生還。


 コマリが猫になってからわずか二分足らずの決着だった。


「それ見たことか! ねこまっしぐらや!」

「「えぇ…………?」」


 見事コマリを猫にして猫をおびき寄せるという奇策が図に当たり、ここぞとばかりに思い切りドヤるマユナに対してどうにも納得がいかないランセとアマネ。


 猫を受け止めたコマリは、そのまま他の生徒から写真を撮られ続けていた。

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