バイオハザード

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

      [午後四時三八分]

       [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]


 マユナはゾンビになっていた。


 ――正確にはゾンビの真似事をしてるだけであって、怪しい製薬会社が作った新種のウイルスだとか、ましてや死霊術などが絡んでいるということは一切ない。


 ランセを始めとした周囲のクラスメイトも、「またなんかどこかで変な影響でも受けたのか奇行に走ってんなコイツ」といった、呆れながらもそれ以上とがめることはなく――単に生暖かな目を向けていた。


「ゥォ……ォァア……」


 よたよたとした力無い足取り。

 人としての理性が崩れ去ったうめき声。


 まさにテンプレートとしてのゾンビ像を再現しながら、ランセに近付くマユナ。


「………………」


 無言で、ランセは袋に入ったままの木刀に手をかけた。


 打突圏内に入ったものは人間だろうがゾンビだろうが打ち伏せる――獣でも解る迎撃態勢。


「…………………………ゥオ…………オォ……」


 マユナはランセをスルーした。


 端的に言ってしまえば、怖気おじけづいた。


 ゾンビにあるはずのない恐怖心の発露。本物のゾンビからすれば落胆せざるをえない選択。


 ランセをスルーした先で、マユナはある生徒とふと目が合った。


 間宮ヨリ。クラス委員の一人で、温和で細やかな気配りができることから「一組のお母さん」とまで呼ばれている少女。


「…………っ」


 動物的直感が危険信号を発したか、ヨリはマユナから視線を切ってそそくさと教室を出ていった。


 ――マユナが駆け出す。


 肉食獣の如き瞬発。ゾンビらしからぬ全力のスプリント。


 即座にヨリはマユナに捕まった。


「ォオォォオォアァアアァアァアァ!!」

「ちょ、ちょっと乙海さん……!? ゾンビは普通走らないでしょ……!?」


 ヨリの言うことももっともではあるが、数あるゾンビ映画の中には走るゾンビも存在する。


 そればかりか、


「ウゥウウゥォオオォオアァアァアァァアアァ!!」

「あうあー」


 なぜかゾンビの真似事をしたジュリと、ほぼいつも通りのジュンもそこに合流する。


 ヨリは三体のゾンビから前後に挟まれる形で抱きつかれ、完全に身動きが取れなくなった。


「……マミー…………アッタケェ……」

「ヨリリ…………イイニオイ…………」

「うぇーい」

「お、お願いだから……離して……!」


 群がるゾンビに悪気がないことが解っているせいか、あまり強い態度を取れずにその場で困り果てるヨリ。


 しかしそれは『かわいくて抵抗しなさそうな人物を狙う』という、ゾンビにあるまじき外道。ゾンビの風上にも置けない行為であった。


 その後、三体のゾンビはランセにきっちり怒られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る