闇取引

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

            [午後四時五五分]

                  [公立春日峰かすがみね高校 視聴覚室]


 放課後、二人の女子生徒が周囲の様子をそれとなくうかがいながら視聴覚室の前で足を止めた。


 一人はややほつれた三つ編みにすこし大きめの丸メガネが特徴的な――というよりそれ以外の特徴があまりない大人しそうな少女・田沼たぬまスミ。

 もう一人は後髪だけでなく前髪も長く目元を見えにくくしており、やや猫背で見るからに気が小さそうな少女・六町ろくちょうケイト。


 二人とも一年一組の生徒である。


 二人は周囲に人の目がないことを確認すると、隠れるように視聴覚室へと入った。


 そこで待っていたのは、


「――へへへ。遅かったじゃねぇかお嬢ちゃん達」


 マユナだった。


 品のない中年男性のような口調に、なぜか口元には付けヒゲ。

 傲然ごうぜん、あるいは尊大に椅子にふんぞり返るその姿は、アニメやら映画に出てきそうな小悪党(それもすぐ死にそうな)そのものだった。


「……で? 例のブツは持ってきたんだよなァ?」

「あ……あの、コレ、だよね……?」


 マユナにうながされ、スミは手に持っていたビニール袋からある物を取り出した。


 ――マウンテンデュー(三五〇ml缶)


 サントリーから発売している清涼飲料水。

 シトラス系の味わいとほどよい微炭酸によって、炭酸飲料としては飲みやすいロングセラー商品のひとつ。


「おお……! それだよそれ……!」


 マユナはスミからマウンテンデューを受け取ると、その場で開栓してグイッと豪快にあおった。


「っかー……! やっぱりキくぜデューはよォ……!」


 一缶を飲み干し、缶を強めに机に叩きつけてマウンテンデューの味とその余韻よいんを噛みしめるマユナ。


「……それで? 何が聞きたいんだい?」


 ギラリ、とマユナの鋭い視線がスミとケイトに向けられた。


「そ、それじゃ、あのう……ラ、ランさんの、イケメンエピソードとかあればゼヒ……」


 椅子に座りながら、おずおずとマユナにたずねるケイト。

 無闇に小悪党感を出しているマユナにやや気圧されてはいたが、


「あー、えっとね、ああ見えてランセちゃん年下の子とおじいちゃんおばあちゃんには優しいから、こないだ足の悪いおばあちゃんが横断歩道渡るのを自分から助けたりしてたよ?」


 あっさりといつも通りのマユナに戻った。


「イケメン……!」

きざみさん、厳しい所もあるけど根本的に優しいの、いいよね……」


 特段、珍しくもないエピソードだったがそれでも感激するケイトに、どこかうっとりとするスミ。

 この場合におけるイケメンとは、容姿面貌が魅力的……という意味だけではなく、心根そのものが美しいという意味もふくめている。


「中学一年の頃と比べるとかなり人当たりも柔らかくなったと思うなー。ランセちゃんはほら、外見が色んな意味で強いから誤解されがちっていうかさ」

「あっ、それ、わかるっす。自分、し、失礼ながらランさん、怖い人だと思ってました。あの眼帯とか特に」

「そうそう! あの……マユナちゃん。刻さんの眼帯ってなにがあってああなったの?」


 ケイトの言葉に同調するように、スミは以前から気になっていた質問をマユナにぶつけた。

 ランセ本人にはなんとなく聞けない疑問だった。


「しらない」


 即答するマユナに、ガクリと肩を落とすスミとケイト。

 意地悪で言っているのではなく、本当に何も知らないという風だった。


「えぇ~……マユさんだったら知ってると思ったんですが……」

「わたしも……マユナちゃん、刻さんに聞いてないの?」

「んー……確かに真っ先に聞いたよ? 中学一年の夏休みが終わった後にああなってたから、そりゃ気になってさ……でもランセちゃんはただ『ケガした』ってだけしか言わなくてさ……他の子に同じことを聞かれても、同じように返してたよ」


 視線をどこか遠くの宙にやりながら、述懐じゅっかいするマユナ。

 すこしだけ、寂しそうに。


「……だから、それ以上は聞いてないし、知らないの。多分……踏み込んじゃダメかな……って思ったから」


 マユナの言葉にスミとケイトは互いに顔を見合わせ、納得したかのように小さくうなずきあった。


「……それじゃあ、しょ、しょうがないっすよね。聞かれたくないってことでしょうから」

「そう、だね……あの、ごめんねマユナちゃん。なんか嫌なこと聞いちゃったみたいで」


 スミの謝罪に、マユナはふるふると首を横に振った。


「……んーにゃ。ランセちゃんの右目が気になるのは仕方ないよ。正直お姉ちゃんもどうしてああなったのか知りたいけど……もしかしたらランセちゃん、単に説明するのがめんどくさいから話さないだけかもしれないし……いつか、フツーに聞いたらフツーに教えてくれる時が来るかもしれないし……今は、それでいいんじゃないかな」


 かすかな諦めも見え隠れしていたものの――それはマユナなりの優しさであり、思いやりだった。


「……………………マユラン……………………」

「あー……自分アマラン推しっすけど、そっちも中々……」


 その優しさと思いやりを、なんだか妙な妄想に変換するスミとケイト。


「……本人の目の前でとうとみを深めるのはご遠慮いただきたいかなー……」


 スミとケイトの趣味を否定はせずとも、どこか遠い目をしてしまうマユナだった。

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