勝利への原動力

          ☆    †    ♪    ∞


××××年ANOTHER 某月某日AGE

[午前一〇時一二分]

[東京都 足立区 東京武道館]


 東京都高校新人剣道大会・一回戦。


 ランセの出番となり、白いラインテープで囲われた約九メートル四方の試合場へと足を踏み入れる。


 特に緊張はなかった。

 冷静、かつ気力も充実している。

 面を装着していながらも視界は開けているかのような、試合会場全体の様子を把握できるほど澄み切った感覚。


 試合に臨む者として、ある種理想的な精神状態。


 ――それがあだとなった。


 ちょうどランセの視界に収まる範囲――相手側の二階観客席にいたある人物を、ランセは見つけてしまった。


 ――陽村アマネ。


 赤を基調としたノースリーブシャツに短めのプリーツスカート。


 誰がどう見てもチアガールというで立ちで、アマネは両腕を組んで仁王立ちしていた。


 その隣ではマユナがひたすらに携帯電話でアマネを撮影している。




「――――――――勝て」




 厳命――敗北すれば命はないというほどの、冷め切った視線と圧。


「………………」


 アマネの声が聞こえたわけではないものの、ランセの意気はひどく消沈した。


 なぜかはよくわからないが、なんだかとても残念に思えた。


 そして――


「メーーーーーーーーン!」


 ――よくわからないうちに試合が始まり、よくわからないままランセは相手に打ち込まれて普通に負けた。


          ☆    †    ♪    ∞


××××年ANOTHER 某月某日AGE](可能性分岐)

[午前一〇時一二分]

[東京都 足立区 東京武道館]


 東京都高校新人剣道大会・一回戦。


 ランセの出番となり、白いラインテープで囲われた約九メートル四方の試合場へと足を踏み入れる。


 特に緊張はなかった。

 冷静、かつ気力も充実している。

 面を装着していながらも視界は開けているかのような、試合会場全体の様子を把握できるほど澄み切った感覚。


 試合に臨む者として、ある種理想的な精神状態。


 ――それがあだとなった。


 ちょうどランセの視界に収まる範囲――相手側の二階観客席にいたある人物を、ランセは見つけてしまった。


 ――乙海いつみユアナ。


 青を基調としたノースリーブシャツに短めのプリーツスカート。


 誰がどう見てもチアガールというで立ちで、ユアナは両手に持ったポンポンで顔を半分隠しながら恥ずかしそうにしていた。


 その隣ではマユナが狂ったように携帯電話でユアナを撮影している。


 そも、剣道の試合では応援/声援は基本的に禁止とされている。

 ゆえにチアガールなど完全に場違いであることに加え、その衣装は普段の私服でもあまり露出をしないユアナにとって中々に際どい。


 二重の意味で恥ずかしい――が、それでもこの姿でここに来たのはひとえにランセのため。


 マユナに乗せられたとはいえ、それでランセが頑張れるのであれば――そんな純粋な思いでユアナはチアガールとなった。




「……ランセさん……がんばって……」




 祈りにも似た小さな声。


「………………」


 ユアナの声が聞こえたわけではないが、




 ランセの中でなにかが決壊した。




 そのまま試合場に背を向け、防具も外さずに早歩きで二階観客席へと向かうランセ。


 携帯電話を手に、無言でユアナへと近付く。


「――ちょっとランセちゃん!? 写真なら後で撮れるから! 後で撮れるから!!」


 マユナに食い止められながらも、試合場には戻ろうとしないランセ。


 当然、試合放棄と見なされランセは普通に負けた。

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