主従関係
☆ † ♪ ∞
[二〇××年 某月某日]
[午後八時九分]
[
「いいかコマリ。何度か言ってる気もするが――」
あらかじめ泡立てたシャンプーで、わしゃわしゃとコマリの髪と頭皮を洗うアマネ。
「――これは本来私ではなくお前の役目なのだからな」
口をややとがらせながらも、その手つきは優しく、丁寧だった。
――たま湯。
津雲市内にある銭湯の一軒。アマネとコマリが住む逗留先から近く、広い浴槽を好むアマネは週に三日ほどコマリを連れて通っている。
アマネ自身は好き好んで銭湯に通う一方、コマリは――入浴には無関心だった。
アマネの命令ならば大概のことはこなすコマリだが、なぜか入浴に関してはアマネがいくら体の洗い方を教えても覚えられない上にできない。
ある時、アマネがコマリ一人で入浴させてみたところ、まず湯を頭からかぶって浴槽に入り、きっちり一〇秒で上がって入浴終了――という、女子力の欠片も感じさせない地獄のような有様を見せつけられた。
元々コマリに自意識や主体性がほとんど無いとはいえ、さすがにアマネも「
しかたなく、入浴の際はアマネがコマリの世話をしているのだった。
アマネとしては立場が逆転していることに不満があるものの――これも臣下への
「……よし、流すぞ。目を閉じていろ。洗剤が目に入ったら痛いからな」
「………………」
ひとしきり頭を洗い終えて、コマリに言いながらシャワーヘッドを手に取るアマネ。水圧もほどほどにシャワーでコマリの頭を洗い流す。
濡れた黒髪は、ほのかな光沢を帯びていた。
「うむ。綺麗になったな。私ほどではないが」
隙あらばドヤるアマネだが、コマリへの手入れは抜かりなかった。
かわいさという点において自身が頂点でなければ我慢ならないが、同時にそれを
「――あらぁ、ちっちゃいのにお姉さんみたいだねぇ」
コマリの仕上がりに満足していたアマネに、ふと声がかけられた。
ほんの少し前に女湯に入ってきた、五〇代ほどの中年女性。
アマネがコマリの背中を流したり頭を洗っている姿を見て、それがほほえましかったのか思ったことをなんとなく口に出しただけ。
「――私がか?」
きょとん、と心が遠くへと放られるアマネ。
「そうよぉ。しっかりしてるじゃないの」
「…………そう、か」
鏡の前に座る中年女性に、アマネはそれしか言えなかった。
主従なら解る。
しかし――姉妹は解らなかった。アマネにそのような存在はいない。
身近にやたら仲の良い姉妹が一組いるが、やはり他人だからか姉であることや妹であることの心持ちなどは解らないし、そもそも考えたこともなかった。
それゆえに意外だった。自分が姉のようだと言われるとは。
(となると……妹……になるのか?)
「………………」
よじよじとコマリの髪を手際よくまとめながら、紅玉の瞳と夜天の瞳が見つめ合う。
意思という名の光もない瞳に、なにを問うても返答は虚無か――わずかにかぶりを振るアマネ。
コマリは自分のことをどう思っているのか、などと――
考えても
「……来い、コマリ。湯船に浸かるぞ」
きゅっ、とコマリの手を引いて立ち上がらせるアマネ。
急かすでもなく、エスコートするように。
逗留先とは比べものにならない広い浴槽。
湯の温度は四〇度ほどとぬるめ。体への負担が少なく、鎮静作用が期待できるためどちらかといえばこちらの方がアマネの好みであった。
二人してちゃぷ、と静かに湯に浸かる。
疲労感や余計な思考が湯に溶けて流れていくような感覚に表情筋がゆるみ、思わずアマネの口から息が漏れる。
「うむ……至福……」
そこで、なんとなく――アマネはあることに思い至る。
「……ああ……マユナも誘えばよかったか……」
☆ † ♪ ∞
[翌日]
[午後一時一三分]
[公立
「――なんで誘ってくれなかったのさ!!」
先日、コマリと銭湯に行ってなんとなくそんなことを思った――という話をアマネが振った結果、マユナは血涙を流さんばかりに号泣した。
「いーなー! お姉ちゃんもコマリンの髪をわしゃわしゃしたいー!」
「……私はアマネ様のお風呂の椅子になりたいです……」
ストレートに欲望を口にするマユナと、ここぞとばかりに
「…………………………誰だ貴様」
記憶にすらないという警戒の視線をコチョウに向けるアマネ。
それを受け、コチョウは歓喜の鼻血を流し始めた。
https://kakuyomu.jp/users/sososoya/news/16817330649979923504
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