カッコいい論

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

                 [午後四時四二分]

                [公立春日峰かすがみね高校 視聴覚室]


 放課後、きざみランセとひびきリョウは椅子に座って互いに向かい合っていた。


 今、視聴覚室にはこの二人以外誰もいない。

 この時間の視聴覚室は誰も使わない――それを知っていたからこそ、リョウはこの場所を選んだ。


「――どうすれば、カッコよくなれる?」


 静かに口火を切ったリョウは、頬をすこし赤くしていた。

 まさに恥を忍んでの、しかし切実な質問だった。


 ――響リョウ。

 春日峰高校一年一組生徒。

 名前だけ見るとシャープかつクールな字面であることから男と思われがちだが、女子である。

 その上身長はクラスの中でもコマリと大差ないほどで、目つきはやや鋭いものの顔立ちは全体的に幼さを残したまま。二つ結びにした黒髪もそれを際立たせている。


 高校生というよりはまだ中学生に見える風体。


 どちらかといえばかわいらしい。


 ――それこそが、リョウの悩みだった。


「……なんでまた、オレに?」


 わずかに困惑の色をおもてに浮かべながら、リョウにたずねるランセ。


「……そりゃ、アタシから見て刻がカッコいいのと、あとは……アタシがこんなことを聞いてもバカにしなさそうだし、このことを周りに言いふらしたりもしなさそうだから」

「そう、か……」


 ランセと視線を合わせられずにとつとつと語るリョウ。妙に厚い信頼を寄せられていた。

 確かに切実な悩みをバカにしたり、その相談を受けたことを笑い話として周囲に言いふらすといった軽薄さなどランセは持ち合わせていない。


 ただ、それを直接言葉にされるとすこしだけ気恥ずかしく――ランセはあまり表情を変えなかったが、照れ隠しで鼻の頭を小さく指で掻いた。


「……響。早速期待を裏切るようで悪いんだけど……オレはその、カッコよくなりたくてなったわけじゃないんだ。だからカッコよくなる方法を聞かれても……お前が納得するような答えを出せるかはわからない」


 リョウの目を見ながら、申しわけなさそうに言うランセ。


「オレからもひとつ聞きたいんだけど、カッコよくなる方法があるとして……お前はまずどうするつもりなんだ?」

「んん……外見をなんとかしたい、かな。特に身長タッパが欲しい。乙海いつみとか右輪みぎわとか、小動物を見るような目をアタシに向けてくるし、ムカつく」


 ランセに問われ、唸りながら能天気なクラスメイトの顔を思い出して不快感をあらわにするリョウ。

 対して「あれは馬鹿にしてるわけじゃない」と言おうとしたランセだったが、話がこじれそうな気がして一旦それを飲み込んだ。


「外見か。確かにそれも大事だろうけど……オレはそれが全て、じゃないと思う」


 ぎし、と椅子の背をすこし軋ませて天を仰ぐランセ。

 脳裏にある人物を思い浮かべながら、そのまま続ける。


「カッコいいとか、かわいいとか、そういう魅力っていうのは……外見以外に、そいつの生き方が深く関わってくるんじゃないかな」

「生き方……?」


 ランセの口から出た意外な言葉に、リョウは疑問符を浮かべた。


「その生き方っていうのも人それぞれだろうけど……響は楽器やってるんだよな」

「あー、うん。ベース」


 言いながら脇目を振るリョウ。そこには自身がいつも持ち歩いている、愛用のベースギターが収められているハードケースが置いてあった。


「ひとつのことにひたむきに打ち込み続ける……単純だけど楽なことじゃない。それをやり続けることができるなら、その生き方は……すくなくともオレは、カッコいいと思う」


 その言葉は、リョウにとってスッとスポンジに吸われる水のごとくに落ちた。


 言った本人には全く自覚がなかったが、その生き方はまさに――ランセが体現している。


 無言で、リョウは席を立った。


「響?」

「……なんとなく、解った気がする。ありがとな」


 言い方はやや素っ気なかったが、そもそも他人にあまり礼を言わないリョウにとって最大限の感謝の言葉だった。


 そのままスクールバッグとギターケースを持って、先に視聴覚室を出ていくリョウ。

 それを見送ったランセは、すこし深めのため息をつく。


 恐らく上手くいったのでは――という、安堵のため息だった。


 ランセが視聴覚室を出ると、廊下の角からぴょこ、とマユナが顔を出してきた。


「ランセちゃんのお悩み相談室、終わった?」

「……お前まさか、聞き耳でも立ててたか?」


 リョウにとっては、特にマユナには知られたくない話だと察して警戒するランセ。

 守秘義務というわけではないが、個人の悩みが周囲に漏れるのはプライバシーの侵害に繋がる。そこはランセも理解していた。


「んーにゃ。そんなことはしてないけど……なんか話し終わった後のリョウちゃんの背筋が、心なしかまっすぐになってたから……ランセちゃんがタメになることでも言ったのかなー、なんて」

「………………」


 マユナの察しの良さに閉口するランセ。

 とはいえ、マユナは基本的にバカだがデリカシーくらいはあることをランセは知っている。

 妙な噂を流すといった真似はしないだろう……という信頼はあった。


「でもさランセちゃん、そーゆートコだよ」

「……なんだよ」

「ホントは人の相談相手になるなんてニガテなのに、助けを求められたらなんだかんだ頑張って助けちゃうトコ。カッコいいなって」


 ランセの目をのぞき込みながら、屈託のない笑みを浮かべるマユナ。

 からかってはいない。

 思ったことを素直に口に出しているだけ。


「……黙ってろゴリラ」


 マユナが唐突に放った直球にそれしか言い返せず、ランセは足早に昇降口へと向かった。

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