陽村アマネは糖分を摂りたい(アイスボックス編)
☆ † ♪ ∞
[二〇××年 某月某日]
[午後四時四七分]
[津雲市
本日の学校も終わり、陽も落ち始めた頃。
随伴するコマリに日傘を差されながらも、アマネは外気の暑さに顔をしかめていた。
「……あづい……」
この時間帯でも現在の気温は二八度。
アマネとコマリの肌には汗がにじんでいる。
「……しかしマユナ。わざわざ私達に付いてきてまで食べさせたいものとは……この暑さではもう冷たいものしか喉を通らんぞ」
「ご案じめされるなアマネちゃん。今からお姉ちゃんがオススメするのはズバリ、ガッツリ冷たいやつですよ……!」
言いながらサムズアップするマユナ。
自宅が逆方向であるにも関わらず、今回はアマネにある食べ物を薦めるために同行していた。
「うむ……ならいいが、そろそろそれを食べなければ私は倒れるぞ」
「あー、倒れるのはちょっと待って。ほら、あそこで買うから」
マユナが指さした先は、
暑さで脳がショート寸前となっていたアマネの目には、それが砂漠の中のオアシスに見えた。
「……し、蜃気楼ではないな?」
「……アマネちゃん、暑いの苦手なんだね」
暑さのあまり心まで衰弱してきたアマネを労るように、その頭をなでるマユナ。
三人は冷房が効いた『ビオス』の店内に入り、アマネを回復させるべく時間にして一〇分ほど中をぶらついた。
ほどなくして。
「――というワケで今回のお姉ちゃんのオススメはコレだ!」
『ビオス』を出た所でマユナがビニール袋から取り出したのは、
――森永製菓『アイスボックス』
発売から三〇年を超える森永における看板氷菓のひとつ。
いわゆる味付きのかち割り氷であり、バリエーションもいくつか存在するが今回マユナが選んだのはグレープフルーツ味。
アイスボックスにおけるスタンダードである。
「ふむ……森永の氷菓か」
「軽くもみほぐしてから、まずはフツーに食べてみて」
マユナに言われ、アイスボックスの容器を軽くもむアマネ。
容器に使われている素材はオパレイというケイ酸マグネシウムを混合したプラスチック樹脂で、柔軟でありながら弾力もあるので固まってしまった氷をほぐすのに適している。
フタを剥がせば、そこにはグレープフルーツ味の名に違わぬような薄い黄色の氷。
アマネはそれをひとつふたつ口にして、バリボリと噛み砕いた。
「うむ……冷たい氷にあまり主張しすぎない
美味――ではあるが、思ったほどではないと言いたげなアマネ。
確かにアイスボックスのグレープフルーツ味は甘さひかえめである。
一カップわずか一五キロカロリー。一般的なバニラアイス一〇〇グラムが二〇〇キロカロリー前後なので、氷菓としては極めて低カロリーといって相違ない。
例えばダイエット中の間食としてならまさにうってつけだろうが――アマネの好みからはすこし遠いのも事実だった。
「ふふん。アマネちゃんには物足りないだろうけど……それは予想済みさ! アイスボックスの本気はここからだぜ!」
しかしアマネの反応など折り込み済みか、マユナは自信たっぷりに二の矢を放った。
――アサヒ飲料『三ツ矢サイダー』
日本人ならばもはや知らぬ者はいないと言い切れるほどの国民的炭酸飲料。
厳重に
一三〇年以上愛される定番中の定番商品である。
「三ツ矢サイダー……まさか……っ!?」
「そのまさかさ! ささ社長、どうぞ
ボトルを開けて、アマネのアイスボックスに三ツ矢サイダーを注ぐマユナ。
しゅわ、と耳触りの良い音とともに炭酸の泡が弾ける。
無言でマユナに視線を送るアマネ。
マユナもそれに無言で応じる。
「ぐいっと行け」と、その目だけで語る。
小さくうなずいてから、アマネはぐいっと三ツ矢サイダーを飲みながらそれと並行してアイスボックスも噛み砕く。
サイダーの甘味とグレープフルーツのほのかな酸味が渾然一体となり、氷の冷気とともにアマネの口腔を駆け抜けた。
「――美味……っ!」
「はい美味いただきましたーーーーー!」
満面の笑顔を浮かべるアマネに、自分の薦めがアマネの琴線に触れたことにガッツポーズするマユナ。
アイスボックスと飲料水を組み合わせる――これは森永製菓が公的に推奨しているアイスボックスの楽しみ方のひとつで、しかもその組み合わせは幅広い。
「なんという組み合わせか……互いの味が邪魔することなく融和合一するとは……」
「大抵の甘い飲み物ならだいたい合うけど、まずは鉄板の組み合わせからだと思ってさ。コマリンの分もあるから今あげるね」
言いながら容器をもみほぐし、フタを開けて三ツ矢サイダーを注いだアイスボックスをコマリに手渡すマユナ。
「………………」
くい、とサイダーを飲みながら氷を噛み砕くコマリだったが、その表情はいつもと変わらない虚無。
多少オーバーとはいえ、アマネのようなリアクションがあれば薦めた甲斐があるというものだが――マユナはすこしだけ肩を落とした。
「んー……コマリンもおいしいって思ってるのかな」
「うむ。すこし待て」
アイスボックスにサイダーを注ぎ足してから、スマートフォン――のような端末を取り出してコマリに向けるアマネ。
「ふむ……脳波が平時より緩やかになってはいるな。すくなくとも不快ではなさそうだ」
「脳波まで見ないとわからないかー……」
改めて、コマリとの壁を感じたマユナだった。
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