ユアナとタヌキ

          ☆    †    ♪    ∞


              [××××年ANOTHER 某月某日AGE

                  [午後四時五二分]

                      [乙海家]


「たっでーまー!」


 下校し、玄関で元気よく声を上げるマユナ。

 ほどなく、ユアナが迎えに来る。

 誰かが帰ってきた時は必ず迎えに行く――家族の間での決まりごとというわけではないが、家族全員がなんとなくそうしているという乙海家における習慣のひとつ。


「お、おかえりなさい……」


 迎えに来たユアナの顔はどこか浮かない。

 マユナはそれをすぐに察した。


「……ユアナ? どしたの?」

「う、うん……あの……おねぇちゃん。ちょっと、見てほしいの……」


 なにか言いづらそうにしているユアナに疑問符を浮かべつつ、言われるがままユアナについていくマユナ。


 向かったのはユアナの自室。


 そこには――




 タヌキがいた。




 身長は一四〇センチほどか、ユアナより大きい。

 両眼に野性の生気はカケラもなく、一切の光もないのはまるで夕闇そのもの。

 少女がタヌキの着ぐるみを着ているようにしか見えないが、それはタヌキだった。


「――タヌキさんだ! かわいい!」


 早速タヌキに触れようとしたマユナだったが、

 べし! と前足でマユナの手を叩き落とすタヌキ。

 獣らしからぬ冷静かつ冷淡な拒絶だった。


「えぇ……?」


 すごい塩対応にショックを受けるマユナだったが、気を取り直してユアナに向き直る。


「……で、どうしたの? このタヌキさん」

「あ、あの……学校の帰りで見つけて……ケガしてたから……」


 ユアナに言われて、再度タヌキに視線をやるマユナ。

 見れば、右前足と左足に包帯が巻かれている。


「ははーん、それでお家に連れてきちゃったのね」

「ケガが治るまで、ここに泊めてあげたいの。ダメ……?」

「でーじょぶでーじょぶ。ずっと飼うのはムリだろうけど、短い間ならパパもママもオッケーしてくれるって。でもその間はユアナがちゃんと面倒見るんだよ? その辺の心配はしてないけど」


 言いながら再びタヌキに触れようとするマユナだったが、タヌキは前足を構えて迎撃体勢をとっていた。


「うん……! よかった……」


 マユナの返答に安堵し、タヌキの頭を優しくなでるユアナ。

 拾われた恩か、それとも単にマユナが気に入らないだけか、ユアナには無抵抗のタヌキだった。


 それから五日間、ユアナはタヌキの世話をした。


 食事、入浴、就寝も一緒。


 タヌキはどうも感情に乏しいのか、ユアナに特別懐くような素振りは見せなかったが、抵抗もすることなく従順だった。


 マユナとサリナにはずっと冷たかった。


 そして六日目の朝。怪我もおおむね回復したタヌキは乙海家を発つことにした。


「タヌキさん……」

「………………」


 玄関まで見送りに来たユアナを、光のない瞳でじっと見つめるタヌキ。


 ぺこ、と小さく頭を下げ、そのままタヌキは二足歩行でたぬたぬと乙海家を後にした。


 味気ない別れではあったが、去っていくタヌキを見送るユアナの顔は晴れやかだった。


 別れることは最初から解っていた。

 正しいと信じたことをなして、相手にもその意気がすこしでも通じたのなら――それで充分。


 ――涙は、いらない。


 そんなユアナを讃えるかのように、マユナはその細い体をきゅっと抱きしめた。




 ちなみにその三日後、タヌキは再び乙海家を訪れた。


 お礼のつもりなのか、発泡スチロールのパッケージと大量の氷でしっかり保存された九〇センチ超えの大きな鮭を持参していた。

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