陽村アマネは糖分を摂りたい(贅沢ルマンド編)

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

[午後一時一三分]

              [公立春日峰高校 一年一組教室]


「アマネちゃんアマネちゃん。今日の食後のおやつなんだけど」

「うむ」

「今日はね、ポッポが用意してくれたよ」

「……む? ハトネか?」


 マユナに言われ、視線を向けるアマネ。


 ――雉本きじもとハトネ。マユナが付けたあだ名は「ポッポ」

 バレー部所属。一組女子の中では最も長身でスタイルも良く、制服は着ているがシャツの上に着ているのはブレザーではなくジャージ。

 すこしつり上がった目尻と細めの瞳孔どうこうは、本人の名前の割にはどちらかといえばネコのような愛嬌を感じさせる。


「アマネちゃんブルボン好きだって言ってたからさ、コレ買ってみたんだけど……」


 言って、ハトネがアマネに差し出したのは――


 ――ブルボン『贅沢ルマンド』


 ブルボンの看板商品とも呼べるクレープクッキー『ルマンド』のバリエーションのひとつ。

 市場価格はおおよそルマンドの一.五倍。しかも内容量は九本とルマンドより若干減っている。

 その分、一本あたりのボリュームは通常のルマンドよりも一回り大きく、クレープ生地の層も分厚い。

 なにより、新たにクレープ生地には発酵バター。その生地を包むココアクリームには洋酒がそれぞれ加えられ、ルマンドが「軽やかで上質」な味わいとするなら、贅沢ルマンドは「より芳醇」な味わいとなっている。


「あーーー…………アマネちゃん。これは危険なヤツが来ちゃったね」

「むう……」


 マユナとアマネの反応は、ハトネの予想に反してどこか重々しい。

 二人とも、危険物を見るかのような目を贅沢ルマンドに向けていた。


「あ、あれ……? 二人とも、ルマンドは嫌い?」

「いや……違うんだよポッポ」

「うむ。贅沢ルマンド……まさに贅を尽くしたその味わいは、摂取し続ければ通常のルマンドでは満足できなくなるという危険性を持つのだ。それを今ここで食していいものかどうか……慎重に判断せねばなるまい」


 すくなくとも、ハトネには一ミリも理解できない問題だった。


「……じゃあ、別のにする? 他にも用意したんだけど――」

「いただきます」「いただくぞ」


 他のおやつを出そうとしたハトネを、ほぼ同時に食い止めるマユナとアマネ。

 慎重な判断とやらはおよそ十数秒で決まった。

「食べたいなら素直に言えばいいのに」と思ったハトネだったが、同時になんとなくマユナとアマネのノリも解ってきたのか、それがすこし可笑おかしく思えた。


 ハトネから贅沢ルマンドを一本受け取ったアマネは、個包装を開けてついにそれを一口食べた。


 ざく――という音が聞こえてきそうな層が厚いクレープ生地。その歯ごたえとボリュームは、通常のルマンドを知る者であればそれがいかに豪勢であるか実感できる。

 そして発酵バターと洋酒の風味はルマンドよりもコクが深く、一層の高級感を演出する。


 まさに贅沢。それはアマネの脳裏にバッキンガム宮殿のボールルームを映し出すほどだった。


「ん~~~……♡ 美味……♡」


 ふにゃ、と柔らかくとろけた笑顔を浮かべるアマネ。

 確かにはたから見れば摂取し続けたら危なそうな感じではある……が、実際美味しそうに食べていた。


「あーーーいけませんね。これは贅沢ですよ! こんな贅沢しちゃっていいのだろうか!」


 マユナも否定的な言葉の割には、アマネに劣らない幸せそうな笑顔で贅沢ルマンドを食べている。


 ハトネは、そんな二人をどこか嬉しそうに眺めていた。


「……ポッポ? どしたの?」

「ん? まー……なんていうかね、おいしいものを食べさせたい欲っていうの? それが解ってきた感じ」

「……ああ、なるほどね」


 マユナとハトネの視線が、アマネに向けられる。


 別に高級高価な菓子というわけではない。

 にもかかわらず、この幸福感と笑顔。

 それは見る者にも伝播でんぱさせるほどだった。


「二〇〇円そこらでこの笑顔が見れるならコスパ良すぎでしょ」

「わかりみ」


 贅沢ルマンドに夢中になっているアマネの髪をなでるハトネに、一分の反論もなく同意するマユナだった。


https://kakuyomu.jp/users/sososoya/news/16817330650687160457

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る