25m自由形

          ☆    †    ♪    ∞


                     [二〇××年 某月某日]

            [午前一〇時一三分]

[公立春日峰高校 プール]


【1・乙海マユナ】


 バタフライ。

 四泳法の中で、もっとも消耗が激しいとされる。

 両腕を大きく広げるその様が蝶々ちょうちょうに似ていることから名付けられた泳法だが、マユナの勢いたるや――


 蝶々というよりわし

 それともまぐろか、

 あるいはシャチか。


 高校生女子とは思えない破壊的な力泳。


 ラスト一メートル、マユナは全身の筋肉を総動員させた。


「むんっっっ!!」


 ぞばぁっ、と一際強く四肢を連動させて水を押し下げ、マユナの上体が大きく浮き上がるが――浮き上がっただけで、それ以上はなにもなく普通にゴールした。


「あー……さすがに地上最強の生物みたいにはできないか……」


 手すりを使ってプールサイドに上がるマユナ。

 生気に満ちた肌のハリとツヤは、もはやアスリート。

 水の抵抗を大きく受けそうなメリハリの利いたボディラインは、グラビアモデルのカメラマンが自腹を切ってでも撮りたくなるといっても過言ではないほどの健康美をたたえていた。


「……お前、最後なにかしようとしたか?」


 先ほどのマユナの泳ぎで、最後の部分が気になったのかその事をたずねるランセ。

 その質問を待っていたのか、マユナは目を輝かせた。


「水中からのジャンプだけでプールサイドに上がってみたかったのさ! これが中々ムズカシくて!」

「……そうか。頑張れよ」


 恐らくマンガかなにかの真似がしたかったのだろうと、なんとなく察したランセはそこで会話を打ち切った。


【2・陽村アマネ】


 それはとても練度の高い、洗練された平泳ぎだった。

 水をかき、蹴る一連の動作がなめらかで、泳ぐというより滑るかのような動きは水蜘蛛のようだった。


 ……が、いかんせんアマネは小柄である。


 手足のリーチや筋肉の量から割り出される推進力は、やはり小学生の域を出ない。


 マユナを始めとしたクラスメイトの応援を受けながら、三〇秒ほどでゴールするアマネ。


「み……見たか……華麗な、泳ぎ……っ……だったろう……」


 なんとかプールサイドに上がったものの、アマネはその場でぺそ、と膝をついた。


 白く、細い手足は人形か細工のように繊細精緻。

 抱きしめたくなるほど小さな体は、二五メートルを泳ぎきって満身創痍だった。


「ア、アマネちゃんだいじょぶ? 半分過ぎたあたりでなんか失速してたけど」

「う、うむ……つか、れた……」


 マユナの腕の中でぐったりと脱力するアマネ。


 今のアマネなら木刀で殴れば簡単に勝てそうだったが、それは色んな意味で気の毒なので剣士としての情けか、アマネを見逃すランセだった。


【3・遠見コマリ】


「………………」


 ぷか、と仰向けのまま水面に浮かんだコマリ。

 アマネと同じく小柄な体躯であるが、アマネとは正反対の肉感はあまりにも女性的。

 水面に浮かんだ豊満な胸の膨らみは、男子女子問わず否応なく視線を集めていた。


 そしてスタートから数秒、コマリは浮かんだままだった。


「コマリンコマリン! 泳いで泳いで!」


 多分なにをするのかすら解っていないであろうコマリに声をかけるマユナ。


「…………」


 マユナの声に応じて、腕を回し始めるコマリ。


 それは一応背泳ぎ――のはずだったが、


 じゃぼ、とコマリの体は静かに沈んだ。


「コマリンコマリン! 沈んでる沈んでる!」


 マユナの声も水中まで届かないのか、コマリは沈んだまま。


 沈んではいるが、泳いでもいる。


 泳いではいるが、息継ぎのために浮上する様子は一切ない。


 マユナに心配されながらも、結局背泳ぎのような潜水でコマリは二五メートルを泳ぎきった。


 ゴールしてようやく仰向けのまま浮上するコマリだったが、マユナに声をかけられるまでそのまま浮かんでいたことから、ランセはなんとなく水に浮かぶのが好きなのかもしれない……と思った。


【4・刻ランセ】


 プールのスタート台に立つランセの姿は、競泳選手と遜色そんしょくない雰囲気をまとっていた。


 ランセが着ている水着はジャージのような、肌やボディラインをほとんど見せないタイプのものであるが、それでも隠しきれないのは――ハーフパンツから伸びたその両脚。

 贅肉など一切ない、鍛えられた筋肉を過不足なく搭載した長い脚は、それこそモデル然とした美脚。

 その脚の美しさは、マユナをふくめたクラスメイトの数人が「ウギギ」と奥歯をかみしめながら嫉妬と羨望の視線を注いでいた。


 ゴーグルをかけ、飛び込みの準備体勢を取るランセ。


 そして体育教師から号令がかかり、ランセはプールへと飛び込んだ。




 ――――――どばんっっっ




 結構水平に飛んでしまったため、全身で思い切り水面を打つランセ。


 泳法はクロールだが、なんだかフラフラと蛇行するわ、イマイチ遅いわで、実に――微妙な泳ぎっぷりであった。


「……なんだあの泳ぎは」


 心底残念なものを見たかのような、悲しい目をしながらポツリともらすアマネ。


「カナヅチってワケじゃないんだけど……ランセちゃんはステータスを剣道とか剣術に極振りしちゃってるから、他の運動はあんまり……だからそのへんは触れないであげて……」


 悲しみをこらえながら、マユナはアマネに言い聞かせた。


 結局、アマネの平泳ぎよりも若干劣るタイムでゴールしたランセ。


 クラスメイトは総じて微妙な感じでランセを迎えたが、ランセ本人はそれなりにやりきった感を出していた。

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