地球最後の日

          ☆    †    ♪    ∞


××××年ANOTHER 某月某日AGE

                     [午後三時八分]


        [東京都千代田区 国会議事堂 玄関前噴泉]




 その日、地球は唐突に終末を迎えた。


 異星人の天体級要塞が、平然と地球へ降下したのである。




 目測による直径はおよそ一二〇キロメートル。


 小惑星にも見えるその球体は、SNS上では『リアルデス・スター』などと揶揄やゆ、あるいは畏怖いふされた。


 その要塞は日本に向けて降下してきたため、途中領空侵犯として航空自衛隊の戦闘機が攻撃を仕掛けたものの――結果的に税金の浪費にしかならなかったのは言うまでもない。


 要塞は無傷のまま、千代田区にある国会議事堂の直上三〇〇メートルほどで停止。


 そして、




 ――これより三時間後、この地球ほしを滅ぼす。




 あまりにもシンプルな殲滅勧告を、英語を始めとした一〇〇ヵ国語で全世界に発信した。


 それを受け――世界は静かに震えた。


 なにもかもが突拍子もなければ現実味もない。

 それゆえ人類もすぐさま混乱や恐慌に陥ることはなかった――が、


 要塞は確かにそこに在る。


 勧告自体はどのようにして地球を滅ぼすかは一切明言していないが、誰もが「滅ぼそうと思えば滅ぼせるんだろうなぁ」と、なんとなく納得してしまっていた。

 直径一二〇キロメートルほどの超巨大人工物が、地表に落着することなく悠然と浮遊しているという事実はそれだけの説得力があった。


 しかも猶予は三時間と絶妙にすくない。


『俺の人生雑に終了』

『唐突に、伏線を張るひまもなく、説得力のない破壊で世界が滅びるってこれもうだいたい藤子先生の短編じゃん』

『HDDの中身消しといた方がいいでしょうか』


 SNS上では諦観ていかん蔓延まんえんし、過半数の人類が三時間後に来たる滅びを待つ他なかった。




 ――では残りの人類は?




 人間の尊厳を胸に、最後まで理不尽に抗う者。

 とことんまであがき続ける諦めの悪い人類。




 その中の一人が、交渉人・きざみランセだった。




 やや着崩した白シャツと黒いスーツは礼服であり戦闘服。

 相手は宇宙からの脅威――されどその両目と両足に怯えは一切なく。


 護衛なども付けず、単身で国会議事堂前にある噴泉へとやって来た。




 そこに待っていたのは、赤い少女。




 赤い髪、紅い瞳、朱いドレス。

 人ならざる美しさをたたえた人。

 地球を滅ぼすと言ってのけた天災。


 それが天体級要塞を支配する破壊者だった。


「――まずは交渉に応じてくれたことに感謝する」


 謝辞を述べながらも、頭を下げるまではしないランセ。


《交渉? 違うな、地球人》


 鈴が鳴るかのようなかわいらしい声色――にもかかわらず、相手の首と心臓をつかむかのような威圧感をまとう破壊者。


《私は笑いに来たのだ。滅ぶと解っていながらなおあがく、お前達地球人の愚挙を笑いに来たのだ》


 ぎち――と、破壊者は口角をいびつに吊り上げる。

 まさしく悪魔の笑みだった。


《さあどうする地球人。涙を流して命乞いか? 涙をこらえて戦うか? どちらでもいいぞ。どちらにしても結末は変わらんのだからな》

「……ひとつ教えてくれ。どうして地球を滅ぼす?」


 その悪魔のような破壊者から一歩も退かず、まっすぐに紅い眼を見据えながら問うランセ。


《――なに、ささやかな退屈しのぎだ》


 破壊者の返答はこれ以上ないほど簡潔で、残酷だった。

 そして、実際に退屈しのぎ程度の気軽さで地球をも滅ぼせるだろうと、ランセは確信する。


 それほどの存在だった。

 それでもランセは退かない。


「解った。お前は地球の価値を……どれだけ素晴らしいかを知らないからそんな真似ができるんだ。それなら――」


 言って、ランセはスーツの内ポケットに手を入れる。




「――オレが教えてやる。地球の素晴らしさを」




 取り出したのは――ブルボン『アルフォート』




 お菓子である。

 それも安価で買える、庶民の味方。




《……………………なんだこれは》


 真顔になる破壊者。


「地球の菓子だ。これを一口食べれば地球を滅ぼすとか馬鹿げたことは二度と言えなくなる」


 ものすごく強気に出るランセ。


 しかしそれが決定打となった。


《ほう……そこまで言うなら味を見てやろう。だが私の舌を満足させることができなければ、直ちに地球を滅ぼすぞ。見せしめとして最初にお前を滅ぼしてやる》


 破壊者の敗因はたったひとつ。


 ――好奇心が強いことだった。


 ランセから箱ごと受け取り、開封し、さく、とアルフォートを一口かじる破壊者。






《………………美味………………っ!?》






 破壊者の両目が驚愕と幸福で見開く。


 やさしい甘さのミルクチョコレートと小麦が香る全粒粉ビスケットが奏でる味のハーモニーが、破壊者の常識を破壊しつくした。


「原料と製法は地球独自のものだ。お前の科学力がどれほどかは知らないが、地球を文明ごと平らにした後でそれを再現するのは骨だろう」

《……………………》


 ランセの言葉に耳を貸しながらも、アルフォートをさくさくするのを止められない破壊者。

 その姿は破壊者というより、お菓子に夢中になる小学生だった。


「大事なのは――それ以外にも負けず劣らず美味い菓子はあるし、これからも新しい菓子は作られ続ける。そんな未来が、この地球ほしにはある」

《……………………》


 ランセが言い終わったと同時に、破壊者もアルフォートを完食した。






「――どうする? 滅ぼすか?」

《うむ。わかった。やめる》






 あっさりと、破壊者は地球から手を引いた。


《ちなみにこれは、どうすれば手に入るのだ?》

「その辺で売ってる」

《馬鹿な……!? これほどのものがそんな容易に……!? あ、あと他に美味い菓子があるなら教えてくれ》

「ブルボンっていう会社が作ってる菓子はだいたい美味い」

《ブルボン……!》


 この後、破壊者はお菓子をしこたま買って、普通に宇宙へ帰り――地球は、あっけなく終末を回避した。


 ありがとうアルフォート。

 ありがとうブルボン。

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