「好き」と言わなければ出られない部屋

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

                    [現時刻不明]


      [「好き」と言わなければ出られない部屋]



 乙海いつみ姉妹が目を覚ますと、そこは白一色の空間だった。


 広さはおよそ一〇畳ほどか。壁から天井まで汚れ一つ無い純白。

 無菌病室――否、ベッドなどの家具や設備はおろか窓も扉もない空間はそれ以上の潔癖さと閉塞感があった。


 病室というよりは隔離室、もしくは――牢獄の類。


 唯一、部屋の中央には一本のワイヤレスマイクとスタンドが置いてあった。


「お、おねぇちゃん……ここ、どこなのかな……」


 きゅっ、と不安げにマユナの側に身を寄せるユアナ。


「……だいじょーぶ。お姉ちゃんがついてるから」


 ユアナに対し優しく微笑みながらも、マユナは気を張り詰めていた。


 妹はなにがあっても守り切るという、姉の顔であった。




《――お目覚めですか、乙海様》




 いきなり、部屋に音声が響いた。

 肉声ではなく電子音声。部屋の中にスピーカーは見受けられず、どこから出力されているのかマユナには見当もつかない。


「……どちら様? ここはどこ?」


 周囲を警戒しながら、慎重に尋ねるマユナ。


《こちらは「好き」と言わなければ出られない部屋となっております》


 想像の斜め下を音速飛行するような返答だった。


「………………すいません、もう一回いいですか?」

《「好き」と言わなければ出られない部屋となっております》

「……さようでございますか」


 何者であるか……という問いには答えてないが、それもどうでもよくなるような虚脱感がマユナにまとわりつく。ユアナはまだ不安そうな目をしていた。


「えー……それじゃ、好きって言えばここから出られるんですか?」

《その通りでございます。マユナ様はユアナ様に、ユアナ様はマユナ様に対してあらんばかりの思いを込めて好きと言っていただければ、この部屋から出ることができます》


 ホントにそんなのでいいのかなぁ……と、マユナの脳裏にゆるめの困惑の渦が生じる。

 マユナが観てきたソリッドシチュエーションホラー系の映画では、閉鎖空間から脱出するために自分で自分の足を切断したりとか全身が細切れになったりとかの代償や危険がつきものだったが――本当に「好き」と言えば出られるなら、イージーモードもいいところである。


《ただし――単に好きと言うだけでは足りません。その言葉に込められた感情をこちらの基準で数値化し、お二人で合計二〇〇点を出さなければ部屋からは出られません》

「採点するの……? えっと、もし点数に届かなかったら? リトライとかしていいんですか? 挑戦一回につき失敗したらデスペナルティとかあったりするんですか?」

《罰則などはございません。お二人で二〇〇点を出すまで、何度でも根気強く好きと言っていただければと思います》

「……さようでございますか」


 言外に、二〇〇点を出せなければ絶対に部屋から出すつもりはない――そんな圧力も感じたマユナだったが、とりあえず自分やユアナに直接的な暴力や危害を加えることもないだろうとなんとなく察した。


 ツッコみどころは山ほど……というかこの状況全てにツッコみたいところだが、「好き」と言えばこの部屋から出られるならばそうするまで。


 マユナは細かいことを考えるのを止めた。


「っし、フーーー……」


 ゴキゴキと首の骨を鳴らしながら立ち上がるマユナ。


 部屋の中央に置いてあるストレートスタンド付きのマイクに手にかけ、顔をうつむかせる。


 パフォーマンス直前のバンドボーカルを彷彿とさせる、妙なカッコ良さをかもし出していた。


 ――あらんばかりの思いを込めて好きと言え?


 いまさら?


 そんなことはユアナが産まれた時から今までずっとやってる――!


「ぬぅうあああぁあぁあぁあああぁあああぁああぁぁあぁああぁあぁ!! ユアナすきぃいぃいぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!」


 部屋を、地球を貫かんばかりの魂の咆哮さけびだった。


 ユアナは顔を赤くしていた。


 マユナの叫びの余韻も消えて数秒後、部屋にピンポン♪ というチャイムが鳴り響く。


《結果を発表します。ただいまの「好き」は――》


(ドラムロール)


(デン!)


《一〇〇点です。残り一〇〇点で部屋から出られます》

「……んん! まぁまぁじゃ!」


 結果にうなずくマユナ。二人で二〇〇点必要なら、最低でも一人一〇〇点は欲しいところ。

 とりあえず――マユナは自身の仕事を果たしたと言える。


「よーし……これで後はユアナが、あの、えっと……お姉ちゃんのことをすきって言ってくれれば……」


 自分に対しての「好き」はなぜか気恥ずかしいのか、頬を赤くしながらてれてれとユアナをうながすマユナ。


「ぅ……うん……がん、ばる……」


 未だ状況を一切飲みこめていないユアナだったが、マユナと一緒に部屋を出るにはやるしかなかった。


「ま、まぁほら、失敗してもいいんだし。最初は練習みたいな、お試し的な感じでいいから、ね?」


 スタンドからマイクを外し、優しく言い聞かせながらユアナにマイクを手渡すマユナ。


「………………」


 ぎゅっ、とユアナはすこしだけマイクを強く握りしめた。


 目を閉じる。


 あらんばかりの思いとはなにかを考える。




 いつも     ずっと


 これまでも   きっとこれからも


 あかるくて   やさしい


 わたしの    おねぇちゃん




「…………………………………………すき……………………………………………」




 蝶の羽音よりも、かすかな響き。


 しかしそれは、マユナの耳朶じだを超えて脳を貫き、脊髄せきずいを降って心臓に突き刺さった。


 そして再び、部屋にチャイムが鳴り響く。


《結果を発表します。ただいまの「好き」は――》


(ちょっと長めのドラムロール)


(デン!)


《一五〇〇〇〇〇〇〇〇〇点です。おめでとうございます。この部屋から出ることができます》


 がしゅっ、と壁の一部が変形して出口が現れる。


「…………~~~~~~~~~~っ!」


 ユアナは顔を真っ赤にして、ぱたぱたと逃げ出すように部屋を出ていった。


「…………~~~~~~~~~~っ!」


 マユナも顔を真っ赤にして、ごろごろじたばたとその場で悶絶した。


 三〇分ぐらい悶絶していたので、それを見かねたのか部屋からも《早く出ていってください》と言われた。

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