ポッキーゲーム

          ☆    †    ♪    ∞


[二〇××年 某月某日]

   [午後一時一七分]

                [公立春日峰かすがみね高校 一年一組教室]



【一戦目:陽村ひむらアマネ】


「アマネちゃんアマネちゃん! ポッキーゲームやろうぜ!」


 昼食を食べ終えたそばから、マユナはアマネに勝負を持ちかけた。

 その手には一箱のポッキー……江崎グリコが誇る定番チョコレートスナック菓子が握られていた。


「ポッキーゲーム? なんだそれは」

「説明しよう! ポッキーゲームとは二人が向かい合って一本のポッキーの端を互いに食べ進んで先に口を離したほうが負けというある意味チキンレースめいた度胸試しゲームなのだ!」


 ウィキペディアあたりで覚えた知識をドヤ顔で説明するマユナに対し、小首をかしげるアマネ。


「……どのあたりが度胸試しだ?」

「えっ、いやそれは……ほら、あの……お互いにポッキー食べあったら最終的にはその……キっ、キス……しちゃうじゃん」

「なぜ照れる」


 顔を赤くしながらとたんにしどろもどろになるマユナが、アマネには理解できない。


 アマネはマユナほど初心うぶではなかった。


「まあいい。お前がしたいのなら受けて立つぞ」

「よしきた! じゃあはいコレ」


 言って、マユナはポッキーを開封して一本をアマネに渡す。


「………………」


 じっ、とポッキーを見つめるアマネ。

 細長いプレッツェルにコーティングされたチョコレートは、その味と食感を容易に連想させる。

 五〇年以上売れ続けたという説得力が、そこにはあった。


 ――ぽきっ。


「あっ」


 マユナが声を上げるもすでに遅く、アマネはごく普通にぱきぽきさくさくとポッキーを味わっていた。


「………………」


 じっ、とマユナが手に持つポッキーの箱を見つめるアマネ。


「――全部寄越よこせ」

「……はい」


 なにかを悟ったのか、マユナは観念したかのように箱ごとポッキーをアマネに手渡した。

 アマネの表情は大きく変わらないものの、どことなく瞳を輝かせながらポッキーを食べていく。


「……おいしい?」

「うむ」

「んーかわいい♡」


 そんなアマネがかわいいのか、もはやマユナにとってポッキーゲームは割とどうでもよくなっていた。



【二戦目:きざみランセ】


「ランセちゃん! ポッキーゲ」

「嫌だよ」


 マユナが言い終わる前に、ランセはぴしゃりと言い放った。


「えぇ……拒否が早い」

「オレは甘いのは苦手だ」


 しょんぼりするマユナを見ずに言うランセ。


「それに――お前、オレとキスしたいのか?」


 そこで、ランセの左目がマユナに向けられた。


 無造作に切られた黒髪に、右目には眼帯。

 残された左目は切れ長でまつ毛も長く、どこか憂いを帯びた瞳は化粧抜きでもつやがある。

 野性的でありながら、繊細さも感じさせる端正なおもては狼のよう。


 断言してしまえば、ランセは美形である。


 その上で、マユナが恥ずかしがるようなセリフを平然と言ってのけてしまう胆力を持ち合わせていた。


「――ランセちゃんそーゆートコロあるよね! そんなんだから年下のコからすっごくモテるんだよ! この年下殺し!」


 その場にしゃがみ込みながら顔を真っ赤にしてさめざめと泣くマユナ。ランセの唇に意識が行ってしまって、まともにランセを直視できなくなっていた。


 完全に自滅であった。


「……お前がなにをしたいのか知らないけど、オレはお前とキスするなんて御免だからな」

「ハッキリ言い切っちゃうのもランセちゃんの良いトコロだよね!!」


 マユナが二度とポッキーゲームを仕掛けてこないよう、きっちりトドメを刺すランセであった。



【三戦目:遠見コマリ】


「コマリンコマリン! ポッキーゲームやろうぜ!」


 ポッキー(二箱目)を手にぶんすかと腕を振り回すマユナ。


「………………」


 コマリは無言で、視線だけをマユナの方に向けた。


「説明しよう! ポッキーゲームとはかくかくしかじか以下略めでたしカッコ閉じ! はいコレくわえて」


 説明しようと言いながら肝心な部分を高速詠唱で全てすっ飛ばし、きゅっ、と一本のポッキーをコマリにくわえさせるマユナ。


 コマリは完全にされるがままであった。


「よーし……それじゃーヘブンオアヘルでレッツロック!」


 言って、マユナもコマリがくわえたポッキーの端を口にする。


 ついに戦いが始まった。


 ポッキー一本の長さはわずか一三センチあまり。

 互いに二口ふたくち三口みくち食べ進めればすぐ危険域に入ってしまう。


「…………」


 ぽきぽきと、刻むようにすこしずつポッキーを食べるマユナ。


 コマリは一切動かない。

 そもそもこの期に及んでポッキーゲームを一ミリも理解していない。


 ただ、星明かりのない夜空のような昏い瞳がマユナを見つめていた。


「…………」


 もう一口だけポッキーを食べるマユナ。


 コマリの顔が、唇が近づく。


 色素の薄い、桜の花びらにも似た唇――


「…………ぉ……お姉ちゃんの……負けでごわす…………」


 両手で顔を隠しながら、マユナはポッキーから口を離した。


 コマリがなんの意識もしていない以上、キスは確定的。


 それも無抵抗である。


 罪悪感が、マユナの「単にキス顔が見たい」というちっぽけな好奇心を押し潰した。


「……なにがしたかったのだお前は」

「このヘタレゴリラが」


 アマネは呆れ気味に、ランセは冷ややかにマユナを責める。

 始終を見ていたクラスメイトも「ヘタレ」だの「ポッキーゲームなめんな」だの「キスする覚悟なくばポッキーを口にする資格なし」だのと、まぁまぁ言いたい放題でマユナを責め立てた。


「………………」


 ポッキーゲームに勝利したコマリは、それすらも理解できずにマユナが食べかけたポッキーを口にくわえたままだった。

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