第27話 社会人
夏が過ぎて十月。今年は残暑が厳しく陽の当たるところでは汗ばむことも多い。
光秀らがルームシェアを始めて三度目の秋を迎えていた。
大学を卒業して社会人二年目となった四人と、その前年に卒業した二人。そして今年卒業の二人と誰一人欠けることなく今まで通りの生活を続けていた。
社会人と学生では生活のリズム、時間のとり方が変わる為、お互いの家事ノルマに不安があった。が、気にするほどのことはなく、気を使い合う事で大きな混乱や衝突もなかった。
今や学生の方が少なくなっても同じことで、むしろお金に余裕がある今の方が充実しているほどだ。
また、ルームシェアの住人の関係も大きな変化はない。あるとするならば、光秀と由希江が交際を始めていたことぐらいだろう。
家事も同じ洗濯担当ということで自然と接する機会も多く、余暇時間で話をしているうちに何となくいい雰囲気になっていた。
お互いそのことは認識していたが、付き合うきっかけになったのは、
「二人とも仲良いわねぇ。付き合っちゃえば?」
ある日の夕食後、なんの脈絡もなく言った景子の言葉だった。
「えー! 駄目っす!」
そして反対したのは詩折だった。
彼女はそのまま由希恵に抱きつくが、由希恵は鬱陶しいそうな表情でその胸を押して剥がそうとする。
そして、
「……私は、いいですけど」
光秀の目を見ながらぽつりと小さく呟く。
その予想だにしない反応と、周囲の好奇の目に、光秀は息を詰まらせながら、
「よろしく……お願いします」
途端、割れんばかりの喝采が起こる。
皆が立ち上がり祝福する中で当事者の二人は中で二人は深く項垂れていた。
それ以来、時折二人だけで出掛けることもあったが、だいたいは詩折とその時暇な人と一緒に遊ぶことの方が多かった。
そんな生活が三年。言葉にすると長くても、体感した時間は矢のように早く過ぎていた。
「大丈夫ですか?」
その声に光秀は、俯いていた顔を上げる。
薄ぼんやりとした視界が晴れていくと、目の前には由希恵の姿がある。
ローテーブルを挟んだ向いに座る彼女の手には文庫本が握られていて、光秀の手の中にも同じように本がある。
寝ていたのか……
目じりをこすり、姿勢を正す。
何か、夢を見ていた気がするが、思い出せない。ただの夢だ、気にすることでもないだろうと光秀は、
「……おはよう?」
「おはようございます」
由希恵は笑みを光秀に向けていた。
相変わらずの敬語にむずかゆい気持ちになる。付き合い始めて二年目。もう大学の先輩後輩という関係でもないのだから敬語を使う必要はないはずだ。
そう思い何度か伝えてはいるものの、いまだに変わりはない。別に強くいうことでもないのでもう口に出したりはしていないが、他人行儀に思えてしまうのが嫌だった。
それよりも今はなんの時間だっけ……
寝起きで上手く働かない頭を光秀は無理矢理動かす。
手には本。正面には由希恵がいる。何かしていた、という訳では無さそうだ。
そう結論づけると徐々に記憶が戻ってくる。
なんてことない、ただ暇だったので二人で顕志朗から借りた本を読んでいるだけだった。
それにしても、
座りながら寝るなんて、余程疲れていたのかな……
仕事は二年目ということもあってルーティンの業務で戸惑うことはほぼない。それ以外では基本的に一人で任されることも無いため、重責もあまり感じていない。
それでも知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのかも、と変に冴えてしまった頭で思う。
「由希恵」
「はい?」
光秀は本をテーブルに置いて、手招きをする。
疑問を分かりやすく顔に浮かべた由希恵が同じように本を置き、猫のように近づいてくる。
その手をゆっくりと取って、光秀は抱き寄せる。
「にゃ!?」
「はぁ……落ち着くなぁ」
突然のことに体をこわばらせる由希恵は、思いのほか重く、引き寄せた勢いのまま光秀を下にして二人は倒れ込む。
胸に納まるように由希恵の頭があった。
そこに慣れた手つきで髪をとかすように撫でると、徐々に体の緊張が解けていくのが伝わってくる。
本当に猫みたいだ、と光秀はゆっくりと笑う。
秋の日差しが二人を照らす中、しばらくの間時計の時を刻む音だけが強く響いていた。
コンコン。
それは、少し乱暴な音だった。
抱き合ったままの二人はまどろみから一気に覚醒して、装いを正す。
「どうぞ」
間が悪いな、と思いつつも光秀は平静を装って答える。
ガチりと扉が開き、そこに居たのは景子だった。
彼女は部屋を一周見渡して、二人以外誰もいないことを確認すると、
「ちょっとごめん」
そう言って、腰に手を当てたまま大きく息を吐く。
その目は真剣を通り越して鬼気迫るものがあり平常では無いことを如実に伝えていた。
どうしたのか、そう尋ねることすら躊躇われて、
「今日、緊急で会議するから。夜、時間空けといて」
一瞬足りとも表情を和らげることなくそう言い放って退室していく。
異例の事に二人はしばらく扉を見つめていた。
通常ならばメールで日にちを調整するところを、ああも焦ったように招集をかけることは過去に一度もない。
何かあったのだろうことはわかっていた。それも、良くないことの類であることも。
「なんだと思う?」
「分かりません。けど……」
その後に続く言葉は無い。
予感はあれど明言してしまったらそれが本当になってしまうような気がして、その気持ちが光秀にはよく分かってしまった。
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