第28話 発表
「単刀直入に言うけど、恵美が妊娠したわ」
その日の夕方、集まった人の前で景子が告げる。
その言葉に動揺がざわめきとなる。
視線が集まる先は信一か、顕志朗。もう一人の当事者たる人はこの場にいなかった。
どうしよう……
光秀は思い悩んでいた。
これが見知らぬ他人であったなら慶事と祝福することも出来た。いや慶事であることに間違いはないのだけれど、その前に大きな問題がある。
それを確認するか否か、判断に困るのが信一と顕志朗の反応だった。共に初耳だといわんばかりに目を見開いている。
「……すみません」
その言葉を発したのは、光秀の隣に座る由希恵だった。
口元を手で押さえ、顔を青くしてもなお、視線は男性二人へと向けられている。
その様子に大丈夫か、と光秀が言いかけて、止める。由希恵の空いている方の手で静止させられたからだ。
早くなった呼吸を整えるように息を大きく吸って、吐く。それを見て景子が、
「大丈夫」
そう短く言って、
「皆気になってると思うけど、父親がどっちかは今は分からないわ」
それで、と前置きして、
「私も恵美もその検査をすることに反対したわ」
「どうしてですか?」
その質問に直ぐに返答はなかった。
その代わり、景子は信一、そして顕志朗を一瞥してからゆっくりと口を開く。
「正直、これが正解な対応だなんて確信はないわ。けどね、遺伝的に判明するまで父親の意識がない人がしっかりできるとは思えないの」
要するに覚悟を見せろ、と言いたいのだろう。
そして、光秀は一つ気づいてしまう。
「あの、それって景子さんがそう思っているってことですよね? 恵美はなんていったんですか?」
「あの子は、独りで育てる気よ」
「そんなの駄目です!」
バンッっと机を叩いたのは由希恵だった。
隣に座る光秀は、突然の爆音に身を跳ねさせながらも、興奮気味の彼女を抱きかかえるようにして抑える。
一呼吸、二呼吸。気持ちの変化の多い由希恵を、同じリズムの呼吸で落ち着かせる。
一度目を閉じて、そして開いたときには、
「取り乱して、すみませんでした」
そう小さくつぶやく。
「安心して。私も同意見よ」
景子が宥めるように言う。
……どうしたもんかなぁ。
光秀は由希恵の手を握り、そして考えていた。
今のところ話をしているのは外野だけだ。当事者がまだ何も意志を示していない。
突然のことだ、それも仕方ないだろう。が、いつまでもそうしてはいられない。
光秀が信一を見る。いつものように軽口を叩く余裕はないらしく、ただ俯いて微動だにしない。
対照的に顕志朗は目を閉じて正面に顔を向けたまま腕を組んでいた。
そして、
「……信一」
先に口を開いたのは顕志朗だった。
目をゆっくりと開いて、信一へ向ける。
「お前は気にしなくていい。子供と恵美は俺が守るから、いつか心が決まったらその時もう一度話そう」
それは酷く魅力的な悪魔の提案だった。
乗るな、と言いたい。が、それを言う資格が光秀にはない。
ただの先延ばし、そしてその間の苦労を全て背負わせることになる。それを承諾したらどれほど楽で、周りからの評価を下げるか分からない。
では、どうすべきなのか。その答えが出せない事にもどかしさだけが募る。
「……ごめん、ちょっと考えさせて」
「あぁ」
ようやく口を開いた信一はそれだけ言って足早に自分の部屋に戻る。
その姿が消えた途端、リビングに張り詰めていた緊張が一気に解けていく。
はぁ……
疲れた、と光秀は小さく呟く。知らずの間に力の入っていた筋肉が脱力していく。
これからどうするのか。景子はああいうが多分最後は三人が出した結論に従うだろう。それまでの間、ただ待っているだけでいいのだろうか、疑問が尽きない。
とはいえ外野から色々指図されるのは嫌だろうから、そこの塩梅がなぁ。
光秀が頭を悩ましていると、表情を和らげた景子が思い出したとでも言うように両手を叩く。
「あ、恵美から言伝あったんだった」
その言葉を聞いて光秀は、割と大事そうなことなのにそれでいいのかと思うが、それだけ景子も悩んでいたのかもしれないと捉えるしかなかった。
皆が景子の言葉を待つ中、彼女は顕志朗へ視線を向けると、
「恵美がね、昔のことを悪いと思っているならもう充分優しくしてくれたよって。だから自分のしたいようにして欲しいんだって。つかあんた何したのよ」
そう言うが、返事はない。
代わりに顕志朗は少しだけ首を振って、大きくため息をつく。
その苛立ち混じりの行動に、光秀は驚きを隠せない。多数の人がいる中であからさまな発露をする人ではなかったからだ。
それをみて、
「逆ギレしてんじゃないわよ」
「そういう訳では無い。ただそんな大事な話を本人からではなく人伝に聞かされるほど信頼を築けていなかった事に自分が情けなくてな」
頼りない笑みを浮かべながら自嘲する姿を見て景子は笑う。
「残念ね、婦人科の先生にも私が旦那だと思われてるわよ。男らしさでは私の勝ちね」
自信満々に胸を張るが、
自慢げに言うことなのか?
光秀の疑問は一人のものではないらしく、同じように首を傾げる人しかいなかった。
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