第5話 共同生活
一瞬不愉快そうに頬を膨らませた信一が聡に聞いていた。
「あぁ……で、さ。提案というかお願いなんだけどさ」
「ん?」
「そこ、ルームシェアなんだよ。だから家賃頭割りなんだけど俺と彼女合わせて八人中四人しかいなくてさ……」
そこまで話して言い淀む。
ルームシェアねぇ……
話を聞いて思ったのは大変そうだなぁということだった。
家賃は確かに安いらしいが人間関係でのトラブルが後をたたないという。わざわざどうしてそんな所を選んだのか光秀には分からなかった。
たまり場にはできそうにないなぁ。
そんなことを考えていると信一が。
「で、どうして欲しいわけ?」
「頼む、誰かルームシェアでもいいって人できれば二人紹介してくれないか!?」
ため息。
隣から聞こえる声のない意思表示に光秀も同じ意見だった。
「そういうのはさぁ、ちゃんと計画してから実行するものじゃないの?」
珍しく言葉に棘を含ませている。
行動力と決断力があるのと無鉄砲なのは違う、と頭を下げている聡に向かって説教が開始された。それに対して聡はただ何度もスマンと、頷くばかりだった。
これもまた見慣れた光景だと思う。なんだかんだ性格が違う割に上手くやってこれたのは、三人を足して割るとちょうどいい感じに収まるからだ。
そして、二言三言言い終わると、
「もう、とりあえずは僕が入るからあと一人ね。みっちゃんはどう?」
……
「え?」
言葉の意味を飲み込むのに時間がかかる。それは聡も同じで二人して口を半開きにしたまま固まっていた。
「だってもう聡の伝全部当たったんでしょ? そしたらもう僕らじゃ無理じゃん」
「それは……そうだけどさ」
光秀は歯切れの悪い返答しかできなかった。そして、何かを言う前に、
「八人定員なんでしょ? そしたら僕達が入れば否応なしに最大派閥になる訳だからやりやすそうだし」
「ま、まぁ……いや、その前に信一、お前実家暮らしじゃん」
聡が言う。そもそも信一を誘っていなかったのはそこがあるからだった。
光秀も大学の最寄り駅と同じ沿線ではあるが二十分程電車に揺られて通っている。信一はそれよりも遠く、乗り換え含め一時間以上かかるところから来ていた。
以前に冗談めかして引っ越せば? と話したことはあったが、生活費のほとんどかからない現状をわざわざ手放すとは思っていなかった。
信一は一口水を口に含んでから、
「満員電車が辛い」
そう、短く告げた。
あー。
思わず納得の声が漏れた。都心に向かう電車に乗っているせいで一限がある日はほぼ毎朝通勤ラッシュに巻き込まれる。酷い時には身体が浮く程の揉み合いになるため出来れば回避したい。小柄な信一ならばその思いは尚更だろう。
「えっ、それだけ?」
その言葉にこの場でピンと来ていないのは聡だけであった。
「それだけじゃないけどさ。乗り換えがローカル線だから終電早いし、駅から家までも遠いし、いつまでも親と同居ってのもねえ……」
「お、おう……まぁ信一がいいならこっちも助かるけど」
「でも! まだ確定じゃないからね。とりあえず顔合わせして合わないなと思ったら絶対無理だから」
二人で盛り上がる中、光秀は一人ドリンクに口をつけていた。
疎外感、と言えばいいのだろうか。三人でいるはずなのに二人で盛り上がって、独り観客のような立ち位置に追いやられている。気にしすぎと思う反面、どこか一線のようなものが見えて仕方がなかった。
そしてそういうときは必ず、
「――じゃあ、光秀はどうする?」
気を利かせてくれる聡に嬉しく思う分、情けない気持ちにもなる。
雑念を払って聡に向き合う。質問の内容をかみ砕いて、
「……わかんねぇ。確かに俺も更新料の通知は来てるけど今んとこにそこまで不満はないし。それに他人と共同生活出来る自信がない、かも?」
それはどこまでも透明な心の言葉だった。
だから友達は、
「わかるわぁ。俺もまだ不安なところあるし」
「ほんとぉ? みっちゃんじゃないんだし聡にそんな繊細なところあるなんて聞いてないけど」
「うるせぃ。 ……あっそうだ、内見って訳じゃないけどさ、今から部屋に来ないか?」
「うーん……僕は願ったり叶ったりだけど」
信一が言い終わるか否かというときに聡はスマホを操作し始めていた。そして数回誰かと連絡を取り合ったかと思うと、おもむろにそれを仕舞い、
「オッケーだって」
「だから早いんだってばっ!」
「それで、どういう人なの?」
エレベータの中、信一が訊ねていた。
ファミレスから出た後、流されるままに聡についていった二人は、先ほどから見えていた一階がコンビニのアパートの中に入っていた。少し狭いエレベーターに乗り込み、目的の階につく前のことだった。
全五階の四階のボタンがオレンジに光っている。その文字盤を見つめながら、
「二人いるんだけどなかなかヤバイ奴とかなりヤバイ奴らしいぞ」
「ねぇ、ホントにルームシェアさせる気ある?」
嘘言ったってしょうがないだろ、という聡は、開いたエレベーターから一歩外へと踏み出していた。
短い廊下の先に一つのドア。そこが入り口であることが容易に理解できる。
聡がインターホンを鳴らす。どんな人が出てくるのだろうか、光秀の心中を言葉にするならば一言、不安だった。
『はーい』
「聡です。開けてください」
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