第6話 自己紹介
インターホン越しに聞こえた声は女性のものだった。
聡に脅されていたせいか、声を聞いて光秀は拍子抜けな感じを味わっていた。勝手にいかつい男性像を思い描いていたからだ。
扉が開いて人が出てくる。それは声の通り女性で、明らかにサイズの合っていないTシャツと生足姿だった。
「早く入っちゃって」
手招く女性は会話もそこそこにそそくさと部屋に入って行ってしまった。人越しに見ると両腕を擦りながら屈む様子があった。
二月も末に近づいているとはいえまだまだ空気はきんと冷たい。部屋着とはいえ一枚羽織っただけでは堪えるものがあるだろう。
「ちょっ、押すなよ!」
漏れ出てくる内気を惜しんで三人は急ぎ室内に入る。初めに聡が、次いで信一、最後に光秀が体を滑り込ませて戸を閉めた。ただ、いっぺんに三人が入ったため、そこそこ広い程度の玄関では渋滞を起こし、後ろから押される形になった聡は両手をついて玄関マットに体を埋めていた。
「……何してるん?」
ちょうどスリッパを三足持って現れた女性が言う。その表情は呆れたように唇をゆがませていた。
「床の掃除がちゃんとしているかの確認じゃないかな?」
「あ、そう……仲いいのね」
うそぶく信一は聡をまたぐように一人さっさと室内に入っていく。それに倣い光秀も後をついていく。
玄関からもう一つの扉までの間、通路となっている部分にはいくつか扉があった。そのうちの一つを女性が開くと、
「まず足洗ってね」
風呂場だった。ユニットバスではなく独立型の湯舟とシャワーがあり、シャンプーなどが入っているだろうボトルがいくつも並んでいる。
湯舟は広く、男性二人が並んで入っても余裕がありそうだ。
……いいなぁ。
地方から出てきた光秀にとって大きい湯舟は身近なものだった。もちろん実家の家の風呂がそこまで大きいわけではなく、近所の温泉の湯舟ことだが、それに幼少期から親しんできたため、風呂とは足を伸ばして入るものという考えがあった。それも帰省以外ではなかなか機会に恵まれず、日常的にこの大きさの風呂にはいれる環境は得難いものがあった。
意識だけ湯舟に向けたまま足を洗う。ボディーソープは女性の私物を使うよう言われ、足指の間までしっかりと洗浄するように指示される。ただ風呂場は一か所しかないため順番にこなしていくしかなかった。
変な感じだな、と光秀は思う。他人のうちに来て最初にやる事が風呂場で足を洗う、そんな経験がなかったからだ。けれど理由が明白で心情も理解出来るため拒否感はなかった。
事を済ませて戸をくぐると最初に目に入るのは大きなテーブルだった。周囲には椅子が八脚並んでいて、他にはテレビやソファーが見える。逆に言えばそれしかなくリビングにしてはものが少ない。簡素を通り越して質素とすら感じる。
女性はテレビのある方、窓側を背にして席に着いていた。その向かいの席を最初に信一が奥から座り、順番に座っていく。
「まず最初に」
そう切り出した女性は三人を順番に見つめて、
「聡は除いて自己紹介しよっか」
「なぜ除く」
したいの? といたずらっぽく笑う女性に間を置いて必要ないか、と聡が答えていた。隣ではまた考えなく喋って、と小さなため息をつく声があった。
「じゃ、まずは私から。今度三年生になる
お互いが自己紹介をする間、光秀は目の前の恵美を見つめていた。
肩まで伸びる髪を後ろで雑にまとめ、肌は白く痩せている。サイズ違いのTシャツは白地にロゴが入っているもので、そこら辺のアパレルショップで安く売っていそうなものだから生地が薄く、その下に身につけている色の濃い下着の存在をはっきりと伝えていた。
がさつっぽいな。
彼女に対して思うのはそれくらいだった。だから尚更部屋のもののなさが際立っていた。
「そういえばもう一人いるんだよね? 今日は居ないの?」
そう尋ねたのは信一だ。その言葉を聞いて、確かに聡がそんなことを言っていたのを思い出す。同時に、そこそこ騒がしくしているため在宅中なら申し訳ない。
「いるよー。呼ぼうか?」
恵美はそう言うと立ち上がり、入ってきた方とは別の扉へと消えていった。あちらが個人個人の部屋になっているのだろう。
残された三人は自然と顔を合わせ、
「なんか、イメージと違くない?」
「確かに」
二人は問うように聡へと視線を移した。
「んな事言われても……俺だってここから出てった先輩から聞いただけだしな」
「具体的にどうヤバいのさ」
その問いかけに知らん、と短く答えが帰ってくる。無責任だなぁと愚痴る信一の気持ちがよく分かる。
見た目は、ガードが緩そうという以外では特に問題はないように思える。それどころか整っている方だろう。金銭面で問題があるとするならばそもそも聡が紹介なんてしないだろうから、考えられるのは性格の問題だろうかと推測する。
ある意味一番だめなところじゃん。
現状共同生活を送る予定の聡と、乗り気である信一には問題のある所に住んで欲しくない。早いうちに見切りをつけて普通の賃貸を借りた方がいいと口を開こうとした時、
「おまたせー」
閉められていたドアから出てきたのは恵美と、もう一人長身の男性だった。
平均身長を頭一つ分突き抜けている身長に、酷く青白い顔色をしていた。頬は痩せこけその表情は、辛そうになにかをこらえるようだった。
どうした、と言う前に彼は空いている席につき、その眼前に水の入ったコップを置かれる。それを一気に飲み干すとそのままテーブルに突っ伏してしまった。
大丈夫か?
そんな言葉が脳裏によぎる。彼に対してもだが、このルームシェアの環境に対してもだ。
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