第4話 もう少し近くに

少し駆け足でショッピングモールに向かった僕達は、まず生活用品を買うことにした。

「ひとまず、今足りないものを先に買いたいんだけど、二人でまわってもあれだし詩乃だけ先に服見に行っててもいいぞ」

「………わかった」

「ん。おっけー。こっちも買い終わった行くから」

「シネマってところでいいの?」

「うん。あと、決める時は遠慮なしな。自分の欲しいやつ買えよ」

そのあと、詩乃はゆっくりとエスカレーターに向かって歩いていった。

「…本当にわかったんだろうな。」

後で店の中確認して値段見るか。

そんなどうでもいい決意をした僕は、

「よし。こっちも早く買うもの買って向こう行くか」




彼と離れてから、数分。

久しぶりに一人になった気がする。

彼は私をいつも気ずかってくれる。

私は何もしていないし、これからも何かをしてあげられる訳でもない。

それなのに彼はどうして優しくしてくれるのだろう。

……いや、これが彼の普通なのだろう。

先週だってそうだった。

どうすればいいかわからなくなった私を家に入れてくれた。少し前から貰えなくなった温かさをくれた。

こんなに優しくしてくれる人に迷惑をかけたくない。

けれど、どうしても甘えたくなってしまう。

……ダメだ。

ダメに決まっている。

もうこれ以上誰かに情を抱いてはいけない。

これ以上誰かに情を抱かれてはいけない。

お互いに傷つかないためにも。

「………はぁ。……服見に行こう」

その思考を打ち切るために服屋シネマに向かおうとした時、

「君、一人?」

その言葉と共に右腕を誰かに掴まれた。

後ろを確認すると、金髪のいかにもヤンキーのような男が三人立っていた。

「……離して」

「大丈夫だよ〜。少し一緒に遊ぶだけだから」

男は手首から段々と二の腕の方に手を滑らせてくる。

「っ!嫌!」

嫌な寒気が襲ってきた。それと同時に私は、もう片方の手でその男の顔を叩いた。

「…痛った」

走って逃げないと。そう思った時には遅かった。

「よくも叩いてくれたな。ぜってー許さねー!」

怖い。

けれど、もういいのではないだろうか。

これ以上私は「生きること」ができないのだから。

この体がどうなろうと、もう……

そう考えた時だった。

「なぁ。俺の彼女になにしてんの?」

力強くてどんな人でも倒せそうな、けれど優しくて安心するようなそんな聞きなれた声が聞こえてた。

彼が来てくれた。

けれど、その人の顔を見ることは私には出来なかった。

泣きそうになるのを我慢するので精一杯だったから。










買い物を終わらせた僕は、詩乃が向かったシネマに向かう………前に少し買いすぎたため休憩していた。


「結構買ったなぁ。」


重くなった袋を店の外にあった椅子に置きつつ少し出てきていた額の汗を拭った。


日用品を買うつもりだったのだが、買う予定ではなかったものまで買ってしまった。


できる限り詩乃に見られることは避けなければいけないが、ナイフやロープなど自殺出来るものをいくつか。


それに加えて、もしも僕が死ぬ事ができた時に詩乃が困らないように、できるだけ多く買ったので、まあ重くなってしまったのは仕方がないだろう。


最近は詩乃のことが気がかりであまり自殺するための行動ができなかった。


家でやると言うのはもってのほか。


夜中に遠くまで行って飛び降りたり、森の中で首を吊ったりを出来なかった。


せいぜい買い物に行くついでに誰もいないところで、買ってきたナイフを心臓に刺すくらいだ。


正直なところ、死にたいという気持ち自体に変わりは無い。


だが、前よりもその気持ちは小さくなってきている。


いざ死にに行くとなるとどうしても頭に詩乃のことが浮かんでしまうからだ。


こんな気持ちにはなったことは、今までで一度だけだった。



たった1週間だけ幼稚園に行った時。


顔も名前も思い出せないような女の子との遠い記憶。


ただその時に初めて感じた「暖かい」気持ちだけは今まで忘れたことはないし忘れるつもりもない。


もちろんこれからも。


……死んでしまったとしても。


「……早く行くか」

あの時、僕に暖かさをくれた女の子の名前も顔も何もかも思い出せないことにいつも通り嫌気がさしていた。

今はただ少しでも早く詩乃と話したい。

彼女に会いたい理由は自分の心を落ち着かせるためだけだと言い聞かせた。

自分の心に僅かにある、今まで感じてこなかった寂しさを覆い隠すようにして。




自分でも勝手だとは思いつつ、詩乃との思い出はできる限り共有したいと思っているので、服選びというイベントはちょっとというかかなり楽しみだったりする。



そう思いながら少し駆け足でエレベーターを登った時に目に入ってきたのは、チャラそうな男三人に絡まれ、腕を掴まれている詩乃の姿だった。





「なぁ。俺の彼女になにしてんの?」

今まで感じたことの無いくらいの不快な怒りを声に乗せてそう聞いた。

「何って、俺がこいつに叩かれたから責任とってもらおうとしてんの。悪い?」

「ああ。お前らはどう考えても悪いな。どうせ詩乃にナンパして振られたんだろ?お前らみたいなクズどもが相手してもらえるわけねぇのに。」

「お前に用はねぇ!ガキは引っ込んでろよ!」

……ただ殴りかかって来るだけとか、ふざけてんのか。

僕は相手の拳を簡単に躱し、殴りかかってきたやつの腕を捕まえて腹に膝蹴りを入れた。


「ゔぅぅ…」


地面にうずくまったこいつはもう無視でいいだろう。

「次はどっちだ?なんなら両方一気に来てくれた方が早く終わるんだけどな。」


「やべえ…逃げるぞ!」


よくこんなビビりがナンパなんてできたものだ。

ただ、

「逃がすわけねぇだろうが」

片方はグーを顔面に入れ、もう片方は首を掴んだ。

「いいか。二度とこいつに近寄るな。次やったら、 殺すからな。」

「ごめんなさい!申しません!許してください!」


「はぁ…」


僕が手を離すと、3人揃って走って逃げていった。


「ごめんな。俺が来るの遅かったせいで怖い思いさせて。」

「…………ううん」


「無理しなくてもいい。顔に怖かったって書いてあるぞ。しかも泣きそうだし。」


「…!これはちがっ…うぅ」


否定しようとした彼女だが、彼女の意志とは反対に、目からは涙がこぼれていた。


そんな彼女の頭を僕は無意識に撫でていた。


「詩乃が家出した理由とか、家族のこととか、言いたくないことは言わなくてもいい。でも変に強がったりしてもそれは自分を苦しめることにしかならないと思うんだ。そんなの俺は嫌だ。出来れば詩乃には心から笑っていて欲しいと思うからさ。…だから、辛かったら遠慮とかしないで俺に言ってくれ。できる限り力になるし、やって欲しいこととかはやるから。」


「うん!」

冷静に考えてみるとかなり恥ずかしいことを言ってしまったと思ったが、詩乃の表情と返事を確認したらどうでも良くなってしまった。

そう。

彼女の白い頬を伝うキラキラとひかる涙。

そして花が咲いたような、綺麗でそれでいて儚く、無邪気な笑顔を見たら。

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