第3話「探偵役の登場」

 この市立松嶋まつしま小学校は全校児童300人という小規模校で、一学年2クラス、それぞれ26人であるが故に、他校にはない独特な行事があった。


 縦割たてわりふれあい学級という行事は、1年生と5年生、2年生と4年生、3年生と6年生が、共に学習する時間を設けたり、体育や給食を共にする時間を月に何度かとるという制度である。


 教室へ入ってきたあきらは、あからさまに対立している小蔵おぐら達5人と綾音とに視線を行き来させた。


「何が起きてるんだ?」


 小学生では起こりやすい男子と女子の対立かとも思ったが、そういう場であれば京一けいいちが綾音のためにと呼んでくる訳もない。


「バッジ、探して欲しいんだ」


 小蔵達を旺の視界から消すように移動した京一は、「な!」と綾音の方へ顔を向ける。


「はい。亜野君の委員長バッジがなくなってしまったので」


 綾音も旺を知っている。出席番号が近い事もあり、ペアを組む事もあるからだ。頼りになるのも同様に。


 その頼りになる旺は眉をしかめて綾音の方を向く。


「バッジ?」


 話が見えていない。


 そして話が見えないまま、綾音の一言が引き出す混迷に晒されていく事になる。


「誰かが亜野あの君の委員長のバッジを盗んで隠したんです」


 綾音も感情的になっているが、小蔵達はもっとだ。


「盗んでねェ!」


「隠してもねェ!」


「見た奴がいるのかよ!」


 口々に怒鳴っていく小蔵達に対し、当事者であるはずの亜野は、やはり黙ったままだ。


 だから濱屋はまやの口から亜野の名前が出て来たのかも知れない。


「人が見てないところでコソコソすんのが好きなのは亜野の方だろ」


 濱屋は嘲笑と共に、窓の外に見える校庭の隅に咲くアジサイへ顎をしゃくった。


 ピンクの花を咲かせているアジサイは、この小学校の教職員が児童の教育目的で植えているものではなく、昔から校庭の片隅にあるものだ。


 教職員も生徒も気に止めないアジサイであるが、鮮やかなピンクの花を咲かせているのは、全員が無視している訳ではない事を示している。


 誰が世話をしているのかを知っている綾音は、身を乗り出した。


「亜野君がアジサイの世話をしてるのは、それだけ優しいからでしょ」


 アジサイの世話をしているのは亜野だ。


 アジサイは難しい品種ではないが、それでも葉につく蜘蛛の巣やアブラムシを取ってやる必要がある。


 水や肥料をやるよりも根気の要る作業なのだから、それを誰にいわれるでもなく黙々とやっている亜野の姿は、綾音にとって象徴している事がある。



 だ。



 それは小蔵達とは真逆の性質でもある。普段は活発でクラスの人気者なのだろうが、こういう時は活発ではなく乱暴という。


 乱暴者と優しい者ならば、優しい者に綾音はつく。


 本来、大人しいはずの綾音に身を乗り出させたのだから、教室内の空気は火花が散らんばかりとなる。


 そのタイミングで旺は言葉をかけた。


「綺麗に咲いてるぜ。ちゃんと丁寧に世話してるな」


 遠目から見ても分かるアジサイの鮮やかさに言及する。


「水やりとか肥料とかより、葉っぱにつく蜘蛛の巣を取ったり、虫が来ないようにするのが大変なんだぜ。ちゃんとできてるから、あんなに綺麗に咲くんだろうな」


 それは間接的に綾音の味方である事を告げてしまう言葉だった。


 そして綾音の視線もアジサイへ向き、そこに咲くピンクのアジサイの中に、一株だけブルーのアジサイが咲いているのが見えてしまう。


 パンクに囲まれた中、一株だけ違うアジサイ。


 ――仲間はずれ……。


 亜野や綾音の事のようで居心地が悪く感じてしまうが、何色に咲こうと小蔵の感想は一言。


「雑草だろ」


 他の4人に目配せし、大袈裟に肩を竦めて溜息を吐かせていく。


「ドッジ弱い癖に」


 確かに亜野はドッジボールが苦手であるし、小蔵達はこの5人でクラス全員を相手しても勝てるくらいではある。


「怒らないから、本当の事言え」


 嘲笑が混じる小蔵の言葉は明確な嘲りで、また空気をひりつかせ、今度は旺を前へと出した。


「まぁ、待て。俺も犯人捜しはしないぜ。頼まれたのは、バッジを探してくれって事だからな」


 京一へ「手伝ってくれ」と伝えつつ、旺はポケットからハンカチ代わりにしているバンダナを取り出す。


「俺、得意技があるんぜ。気を読んで、本当の事をいった奴が分かる」


 これが口から出任でまかせかどうかも、聞く者によるだろう。

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