第2話「発端になった小さな出来事」

 その出来事――事件、あるいは事故とも言える事――が起きたのは先週。


 給食の牛乳を運んでいた男児児童が転び、箱で顔面を強打した。


 幸いな事に前のめりに倒れた事と、打ったのが額であったため大事には至らなかったのだが、引率していた委員長の亜野あのに批判が集まった。


 その顔面強打したのが、今、小蔵おぐらの隣に陣取っている濱屋はまや


「あれだって、亜野が一人で手ぶらだからって速く歩きすぎたのが原因だろ」


 ヒートアップしている濱屋の声は当然のように怒鳴り声となり、綾音だけでなく亜野へもぶつけられる。


 事故の直後に起こったのは、引率していた亜野が速く歩いたのが原因なのだから、責任を取って辞めろというものだった。


 それに対し、亜野は今も何も言い返さなかった。


 それを言い返せなかったと見るのと、言い返さなかったと見るので、意見が分かれる所。言い返せないと見るのが小蔵達5人だとすれば、


「違うでしょ!」


 綾音あやねは、言い返さなかったと取る方だ。


「ふざけて蹴り合いしながら歩いてるから遅くなってたし、両手に牛乳の箱を持ってる時に足を蹴り合ったから転んだ!」


 責任は亜野ではなく濱屋とえびすにある、というのは何も綾音だけが言っている事ではない。


 ふざけ合っていた二人に責任があると判断されたからこそ、亜野は委員長を辞めなくていいと担任からも判断されたのだから。


 それに対し、濱屋と戎は反発するし、仲良し五人組と似名乗っている小蔵達も納得しなかった――までが先週の話。


 委員長を辞める必要はないと言われた翌日、亜野の襟からバッジは消えた。


「自分で捨てたんじゃね?」


 机に肘を着いている中津川なかつがわが、わざとらしい欠伸あくびをして見せた。


「自分でも、委員長を続けたらダメってわかってるんだろ」


 担任からは委員長を辞める必要はない、より重い原因は濱屋と戎にあると判断されたが、自分で責任を感じてバッジを自分で捨てたんだろう、と中津川はいう。


「そうだ、そうだ」


 小蔵達が茶化すようにいうのだから、それはバッジがなくなった日から仲良し5人組が繰り返してきた言葉である。


「体育の後だった。制服は人のいない教室の中!」


 盗む事も可能だといっても、綾音がいっている事を見た者はいない。


「証拠あんのかよ」


 小蔵の言う通り。


 これ以上は、ただの口げんかになる。


 睨み合いに変わり、怒鳴り合いに変わろうかという雰囲気が漂い始めた所で、がらりと音を立てて教室の入り口が開かれた。


琴弾ことひきさん、頼りになる人、連れてきた!」


 開けたのはクラスメートの男子児童・田宮たみや京一けいいち


 そして連れてきたというのは、4年生の襟章をつけた生徒。


「頼りになるんだ。頭がいいし、優しいし、頼りになるんだ」


 京一にそう紹介された4年生・杉本すぎもと あきらは教室の喧噪けんそういぶかしそうな顔をしながら入ってきた。

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