なくなったバッジと一株の花

玉椿 沢

第1話「対立する男子と女子」

「誰かが隠したんでしょ!?」

 放課後の教室に、女子児童の荒らげられた声がした。

 教壇に立っている女児・琴弾ことひき綾音あやねは、切り揃えられた黒髪に縁取られた卵形の顔から受ける印象の通り大人しい質である。綾音の性格は、制服の襟に他の生徒にはない、ピンクの花を象ったバッジが示す学級委員長という立場からも分かる。


 大人しい綾音が荒らげた声をぶつけたのは、教室の最後尾に集まっている5人。

 小蔵おぐら敬治けいじを中心とした、自称・仲良し五人組。


 他のクラスメートが遠巻きにするのだから、綾音と小蔵達5人との間に流れている空気は重苦しい。


 しかし壇上の綾音と、小蔵おぐら濱屋はまや中津川なかつがわ高橋たかはしえびすの5人と、遠巻きにするクラスメートの三陣営だけが教室内にいるのではない。


 困惑した顔を浮かべながら、所在なげにしている男子児童が一人。



 その亜野あの大輔だいすけが、この教室で巻き起こっている嵐の中心だった。



 亜野の襟にも、本来ならば学級委員長のバッジがあるはずだが、それがない。


「誰かが隠したんでしょ!」


 綾音は主語を省略した言葉を繰り返しているが、教室内にいる者は全員、分かっている。


 亜野の委員長バッジだ。


 綾音は隠したのは小蔵達だと疑っている。


 だから小蔵の声には隠しきれない不機嫌さがまとわわりく。


「知るか」


 小蔵が吐き捨てると、残り4人も口々に綾音へと怒鳴り声をぶつけた。


「しつこいぞ」


 まず濱屋。


「何回もいわすな!」


 次に戎。


 亜野のバッジがなくなるまでに起こった一連の出来事を事件と呼ぶならば、当事者であった二人だ。

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