第2話 ソラ神様

「ご神木様おはようございます」


日が昇る数刻前。

同じ時間に毎日、5歳そこそこの小娘がゴツゴツした岩山を登り、自分の背丈よりも大きなつぼを背負って祈祷きとうに来る。


俺は何度、ルナが壺を割るを目撃したことか。


もっと軽い入れ物で聖水を運べばいいものを、

何回も何回も転んで割ってその度に泣くものだから、ある時うっかり助けてしまった。


それからだ。

あのクソガキにまとわりつかれるようになったのは。


           ☆



「オーラって実は神様なの?」


俺のひざの上でモソモソとメシを食べていたガキが急に聞いてきた。


「あ?」


「だって木の皮しか食べないし、体を洗わなくても臭くないもの」


「…お前ら本当にソレ好きだよな」


俺はため息をつく。


神だと言われたことは初めてではない。

確かに俺は人間じゃないし、そこら辺の生き物とは違う。

だが…


「俺は神じゃねぇよ。…なんならアイツに会って文句を言いたいぐらいだ」


ガキは目を丸くしてニヤケる。

あ、このきざしはやばい。


「えーー!本当に神様はいるの!?会ったことあるんだ!」


「あ"ーうっせぇ!耳元でデケェ声出すなっ!」


たまらずガキを穴の外に放り出す。

当然、さらに騒がしくなる。


「いったーい!ひどいわっ!乙女を投げるなんて!」


ガキは、やいのやいのけたたましく吠え続ける。

構い続けるのも面倒だから、あとはコイツに始末させよう。


俺はご神木の幹をコンコン叩いた。


「おい、このガキどっかに放りだせ」


するとご神木はツルを伸ばし、簡単にガキを捕まえる。そしてガキはどうやら、木のてっぺんに連れて行かれた。


「きゃ〜オユルシヲ〜!ご神木さまぁ〜!」


今度はキャッキャっと愉快そうな笑い声が降ってくる。


「はぁ…どうしようもねぇ…」


           ☆


「おいっ!巫女を離せっ!!」


突然、大人の男の声が響いた。

その声が聞こえた先を見ると数人の妖精族がいきりたっている。


「…あ?」


「巫女を離せと言ってるんだっ!ご神木様まで汚してこの、不届き者が!」


…村の奴らか。

俺は仕方なくご神木コイツに指示する。


するとルナはストンと俺の目の前に降ろされた。


(あっ!?何やってんだよ、アッチに渡せ、アッチに!こんなガ…)


目の前を見るとルナは俺をかばうように両手を広げていた。


「…おい、なにしてる?」


「お、お父様、オーラはなにも悪くない…の。

ちゃんと見張ってるから…許して」



そのお父様らしき男が近づいてくる。



「!」


ルナの父親は冷たい目でルナを睨みつけた。


「あ…あのね、ちがうの。オーラは神様なの、

 フトドキモノなんかじゃ…ない…です」


ルナは小さな肩を震わせながらも俺を庇い続ける。


「あのな、勝手なこと…」


俺はルナをさがらせようとした時

ルナの父親は持っていた杖をルナに向かって振り上げる。


俺はとっさにルナを穴の中に避難させた。


「な!?…おい!大丈夫か、ルっー」


手のひらにルナの血がベットリ付いている。

杖の先端が頭に当たっていたらしい。


「いやぁああ!!」


女が一人、取り乱しながらこちらに走ってくるが

すぐに取り巻きに取り押さえられた。


「お願いっ放して!…ルナが…ルナが!」


「ご神木の御前だぞ、静まれっ」


ルナの父親はブンっと杖を振り回す。

杖にはかすかにルナの血が付いている。







「オーラと、言ったな?」


父親は俺に話しかけてくる。


「出て行ってくれまいか。ご神木は我らの大切な依代なのだ。貴様のような下賎げせんな者が汚して良い代物ではない」


「…子が死ぬぞ」


「貴様を神だとほざいたせいでな」


男はかすかに笑みを浮かべながら近づいてくる。


「今日の起きたことを知るのはこの場にいる者だけ。そして下手人げしゅにんは貴様だ。

 …なに、幸いなことにまだ代わりはいる」


女はその場で泣きくずれた。


「神様、どうか、どうかっ…!」


腕の中のルナの息づかいがどんどん小さくなっていく。



こいつのような愚か者はそう珍しくない。

所詮、世界は弱肉強食。

一人の人間の傲慢ごうまんで幼い命が消えようが

それも日常。

そして俺は、何度も似た光景を見てきた。


だから特別、驚きはない。



「それとも、その巫女の言うとおり、貴様が神だと言うのなら救ってみせよ、今ここで」






…つくづく人間はめんどくさい。


俺はルナの頭に手をかざした。


出血は簡単に止まり、みるみるうちにルナは回復していく。


(こんなことするのは…アレ以来だな…)



「なっ!?」

父親は絶句している。



やがてルナは眠そうに口を聞いた。


「…オーラ?…その手、どうしたの?」


「悪りぃな」


俺はルナを穴の中に寝かせ、外に出る。

地面に降り立つ俺にビビったのか、

人間どもは全員あとずさった。



「…なんだよ、神が欲しいんじゃねぇのか?

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