第40話 砕け散る『氷』

 王立中央図書館襲撃事件から四年が経ち、私は二十一歳になった。

 私は学園を退学となってしまったけど、レクソス達は無事に進級し卒業を間近に控えているそうだ。


 あの日からレクソスは勇者としての役割を担い、人々を導く青年へと成長を遂げている。

 私の言う通りに動き、『魔物を倒して経験値を得ることを禁ず』という法案を提唱してくれた。

 "水圏の魔女"の口添えもあって、女王陛下は書面に判を押した。

 魔物討伐系のギルドは廃業として、その代わりにインフラ整備や建築業などで生計を立てられるように別の仕事を増やす。

 限りなく現代社会に近い、レベルが必要のない世界に向かって進んでいる。

 これで人間が魔物を倒す理由がなくなった訳だ。


 あの日からデュークは魔王としての役割を担い、魔物を支配する青年へと成長を遂げている。

 彼は学園を自主退学しているので最終学歴がお揃いになってしまった。

 彼には魔物達に人間の領土へ侵攻しないように命令して貰った。

 その代わりに餌となるものを無限に湧くようにする。いわゆる農業を任せた。

 彼の土属性魔法と私の水属性魔法を合わせればこれくらいは造作もない。

 これで魔物が人間を襲う理由がなくなった訳だ。


「四年をかけて人間と魔物の共存が実現したな。これなら母上も文句を言うまい」

「そうね。それよりもデューク、そろそろ準備をしないと」


 今日は大切な記念式典の日だ。

 女王陛下や"水圏の魔女"をはじめとするお偉い様方が集まる。当然、レクソスの参加も決まっている。

 私の促しに応じたデュークは魔王の正装を纏い、城を出立した。


「さてと」


 最後の仕事をする為に立ち上がると、一人の悪魔現れてかしずいた。


「ウルティア様、本当によろしいのですか?」

「えぇ。今日から貴方が魔王よ。と言ってもデュークの影武者だけどね。イービル・ファンデーションのやり方は側近の子に教えてあるから定期的にやり直して貰って。それから絶対に人間の前に姿を現わしてはダメよ。もしも約束を破ったら、分かってるわね」

「……心得ております。ウルティア様は何を成さるおつもりでしょうか」

「ふふん。ヒミツ」


 魔王城の管理や魔物達の支配を新しい魔王に任せて、式典会場へ向かうと既に開式しており、来賓や観客が多く参列していた。

 会場周辺はお祭り騒ぎで子供達のはしゃぐ声が聞こえる。


「じゃ、はじめよっか。起動、マリオネット・ウンディーネ」


 女王陛下の左右に座るレクソスとデュークが同時に脱力する。

 指先に伝わる感覚から二人が必死にレジストを試みていると分かるけど、私の魔法はそんな簡単に抵抗できないよ。


 やがて、私の魔法が打ち勝ち、二人の意識を乗っ取った。

 技名通り、操り人形となった勇者と魔王が激しく戦闘を始める。

 狂気じみた表情で会場を破壊していく二人を止められる者は誰もいない。

 特に魔王デュークは観客席に向かって魔法を放ち始め、勇者レクソスも守ってくれる気配はなかった。

 避難誘導が終わるまではダラダラと魔法を撃ち合わせておこう。


 各地で悲鳴が聞こえる。心苦しい事この上ないけど、みんな分かってほしい。

 これが私の導き出した答えなの。


「どうして、勇者様まで!?」

「やっぱり魔王は魔王なんだ。皆殺しにされるんだ!」


 レクソスとデュークには式典会場をめちゃくちゃにしながら派手な攻撃魔法を放って貰う。

 女王陛下を含め、国民が退避して王宮魔導師達が大規模な防御魔法を展開し終えた頃合いを見計らい、私は飛び降りた。


「勇者レクソス、魔王デュゥ・クワイタス! 争いを止めなさい!」


 集まっている全ての者達が私を見上げる。

 今の私は彼らの目にどう映っているのだろうか。


「……なんで? なんでこのタイミングなのよ、ウルティア」


 ごめんね、エレクシア。

 心の中で謝罪し、右手をレクソスへ。左手をデュークへと向ける。


「この世に勇者と魔王がいるから争いが起こるのだ。私がこの世の理を凍結する」


 マリオネット・ウンディーネへの抵抗感が増し、二人の意志が流れ込んでくる。

 

 うるさいっ、黙れ! 私の邪魔をするな!

 二人が必死に作った世界を壊して私が作り直すんだ。


「ライトニング・ソードブレイカー」

「グラビティ・ソードブレイカー」


 レクソスとデュークの意志に反して、無理矢理に必殺魔法を放つように仕向ける。

 雷の剣と鉱物の剣を放つ砲撃魔法は一直線に私へと迫った。


「さようなら。スノーダスト・ブレイカー」


 両手から放たれた氷雪の砲撃魔法は彼らの魔法を巻き込み、二人の心臓を貫いて氷漬けにした。

 同時に魔力構築回路を永久的に凍結する。


「聞け! 国民達よ! 力に溺れた勇者と卑劣な魔王は私が殺した! 既に魔物にも制裁を加えておいた! 女王陛下指導の元、勇者も魔王もいない新しい世界を創り上げなさい! 我が名はウルティア・ナーヴウォール、精霊王の御遣みつかいである!」


 私の背後には守護するように五体の精霊魔獣がいる。

 全て水で創った偽物だけど"水圏の魔女"以外は騙せるだろう。

 息子二人が氷漬けにされたというのに静観を続けるということは私の意図を汲み取っているな。


「あんた、本当にウルティアなの? なんなのよ、精霊王の遣い!? 魔王の手先!? 勇者パーティー!? どれが本当のあんたなのよ!」

「レクソスが言ったでしょ。私は蜃気楼のようだって。誰も私を掴めないわ。エレクシア、レクソスを頼みます」

「……え?」

「そろそろ、起きる頃だと思いますよ。彼はボルトグランデ寮でお昼寝中です」


 マリオネット・ウンディーネとは対象者を操る魔法ではなく、対象者の魔力構築回路を別人と繋ぐものである。

 最初からこの式典会場内にレクソスもデュークもいなかった。


 驚いた顔で氷漬けのレクソスとデュークを見つめるエレクシアは縋るように私の腕を掴んだ。


「ッ!?」

「ほら、早く行って」

「でも……でもっ!」


 大粒の涙を流すエレクシアは私の腕を離そうとしない。

 このままじゃ、凍傷になっちゃうから早く離れないとダメよ。


 優しく腕を振り解くと私の両手は砕け散り、地面を濡らした。


「ウルティア、腕が――」

「これで良いの」


 レクソスとデュークを包む巨大な氷塊にもヒビが入る。

 私の腕から全身にかけてヒビが広がり、視界が歪んだ。


「レクソスと幸せになってね。エレクシアのウェディングドレス姿を見たかったな」

「そんなこと、言わないでよ! 見せてあげるから! 招待状を送るから! 死なないで、ウルティア!」

「ありがとう、エレ――」


 彼女の名前を呼ぶことは叶わず、レクソスもデュークも私も氷片となってこの世界から消滅する。


 これでいいんだ。

 ゲームのエンディングとは大きく異なるけど私は大満足だった。

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