第39話 母の想いを越えてゆけ
目の前にレクソスとデュークがいる。最果ての地に置き去りにした筈なのに。
あ、そうか、レクソスの転移魔法か。
二人仲良く手を繋いで来たのかな。なんてね。
「初めて会った時、懐かしい感じがしたんだ。でも純粋な母様の魔力とは違って、別の何かが混ざり合っているみたいで気付かなかった。でもさっきの魔法をボクは知っている。貴女はボクの母で、魔人だったのデュゥの母を取り込んだ。これが答えだ」
正直、私にはそこまでは分からない。
でもデュークが頷いているのなら間違いないのだろう。
「水属性魔法に攻撃魔法は存在しないってのは嘘じゃない。でもあんたは攻撃魔法を使える。それは俺の母の能力ってことか」
「よくぞ、答えに辿り着きました。ウルティアさんがいなければ、レクソスもデュゥも、私まで辿り着けなかったでしょう? デュゥの母は短命な一族の子だったけど今でも私の中で生きているのですよ」
レクソスもデュークも彼女を責めなかったけど、険しい表情には変わりない。
「母様、ボクは勇者になって、デュゥは魔王になりました。でも世界は平和になっていません。母様のやり方は間違っているのかもしれませんよ」
他の精霊魔獣と呼応するようにレクソスの頭上には光り輝くハチが降り立つ。
「雷の精霊魔獣、シャイニー・ホーネット。レクソスの元にいましたか」
彼女は子供達に諭すように語りかける。
「間違ってなどいません。少なくとも貴方達の父、レガリアスが勇者になる以前よりは平和です。魔物達が積極的に侵攻することはなくなり、町は活気づきました。この平和が未来永劫となるように二人は努めなくてはなりません。それがレガリアスの子の責務です」
「そんなの間違ってる! レクソスにもデュークにもそれぞれの人生があるのに! 私が終わらせてしまったレガリアスの分も生きないといけないのに!」
勢いに任せて叫ぶと全身が軋むように痛みがはしった。
「ウルティア、君は黙って休んでいるんだ。それから、母の言葉を訂正するよ。ボク達の父は君の存在に絶望してこの世を去ったわけじゃない。きっと君という存在に希望を見出したからこそ、全てを託して幕を引いたんだ。だから、これ以上気に病む必要はないよ」
レクソスとデュークの眼差しが私の心の氷を溶かしたような気がした。
「母様生きていてくれて、ありがとうございます。ボクに勇者になれと言ったのは父様の意思を継がせる為ですか? それとも世界を守る為ですか?」
「ついでに、なぜクワイタス一族を殺したのかも答えて貰おうか」
彼女は三体の精霊魔獣を撫でながら饒舌に語り始めた。
「純粋に私の愛した勇者レガリアスのようになって欲しかった。そして魔王としてのレガリアスを愛したあの子も同じ気持ちだった。それが私達の遺言となったのです。世界の均衡はあくまでもおまけ。どうせ勇者と魔王はそれぞれが慕われ、いずれ争いが起こる。世界を巻き込んだ兄弟喧嘩なんて見たくないですが、それも仕方のないことでしょう」
その表情は私には理解できないものだった。
私は前世でも結婚していなかったし、ましてや子供を育てたこともない。
本当の両親と今の両親がどんな想いで私を育ててくれたのかも分からない。
でも、"水圏の魔女"がレクソスとデュークを大切に想っていることだけは分かる。
「実家であるクワイタス公爵家を滅ぼした理由。ウルティアさんは私の身分が公になることを恐れたと解釈したようですが、実際は違います。勇者の妻となった私を利用して公爵の爵位を拝命したのに魔人であるデュゥの母を取り込んだ私を家から追い出したのです。魔人とはいえ同じ人を愛したデァクィを侮辱する行為は許せませんでした。だから、初めて発動した攻撃魔法を実家に向けて放ちました」
その生々しい過去を聞き続けられずに顔を伏せる。
"水圏の魔女"ことマァリィンの本名はマリン・クワイタスというらしい。
彼女は今日までどれほどの苦しみを抱えて生きてきたのだろう。
レクソスとデュークもやるせない気持ちでいっぱいなのか、先程までの険しい表情は崩れていた。
「本当の母がいないデュゥにはせめてもと思い、私の名字を授け、レクソスには出来る限り愛情を注いだつもりでした。二人には寂しい思いをさせてしまってごめんなさい」
以前、二人から過去を聞いたけど、彼女の話を聞いて全ての物語が繋がっていく。
「お願いがあります。貴方達でこの子達を倒してあげて下さい。レガリアス亡き後、死に場所を求めて私の元へ居座っている哀れな精霊の王達です」
三体の精霊魔獣は彼女の元を離れて、私達の前に移動する。
この状況で私も一体の相手をするのか……。
不安しかない私にぶつかった水球が弾け、HPもMPも全回復する。
これは、ヒーリング・スフィアボムだ。
「やれるのか?」
「えぇ。私、スカーレット・ガブリゲーター担当ね」
「じゃあ、ボクも有利な土の精霊魔獣で」
「仕方ない、俺が風か」
こちらに全力で向かってくる三体の精霊魔獣には、無抵抗で倒されてくれるような雰囲気はない。
私とレクソスには同格の精霊魔獣がついてくれているけど、デュークは自分一人の力でバタフライ・ソウシャークを圧倒していた。
それ程までにデュークは魔王として覚醒している。
特に危なげなくダメージを蓄積していき、それぞれの必殺魔法を放つ。
「マーキュリー・ソードブレイカー」
たゆたう水の剣が一直線にスカーレット・ガブリゲーターを突き刺す。
「ライトニング・ソードブレイカー」
鳴り響く雷の剣が四方八方からガイアース・クワテイルを包み刺す。
「グラビティ・ソードブレイカー」
激震する鉱物の剣が普段より倍の重力でバタフライ・ソウシャークを刺し潰す。
自分の為だけに開発して伝授した魔法を私と同程度の破壊力で発動できる二人は本当に努力家だ。
核を破壊された三体の精霊魔獣は満足そうに消滅し、残されたダークシー・ウイングとシャイニー・ホーネットはどこか寂しげに彼らを見送った。
「ありがとうございました。あとの二体はレクソスとウルティアさんにお任せします。見た限り、レクソスとデュゥの実力はやはり互角。ここまではシナリオ通りです。ここからどうなるか――」
「母上よ。このウルティアは狡猾な女だ。こいつにシナリオを書かせてみればいいだろう」
え、酷くない?
私のことそんな風に思ってたの!?
確かに考えはある。円満解決にはなる可能性は高いけど、私が一番得をすることになってしまう。
あ、こういうところが狡猾と言われる
「いいよ。その代わり、なにも質問しないで。私の指示通りに動いて貰うからね」
「それがウルティアの本当の姿か。いいね! ボク達に見せる姿よりもずっと自然で良いと思う」
「どうも。レクソスはもっとエレクシアに甘い言葉を投げかけるべきだと思うわ」
「ははっ。本当に好きな子を褒めるのは勇気がいるんだよ」
「二度とどうでもいい女にキスしないでちょうだい。罰としてシャイニー・ホーネットを貰うわよ」
渋々と差し出された小さなハチをアクアバッドと同様に懐に仕舞う。
"水圏の魔女"はあのダンスホールでの光景を見て、どう思っていたんだろう。
でも、怖いからそれは聞かないでおこう。
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